ローカリゼーション

ドキュメンタリー映画『幸せの経済学』について思うこと

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ラダックでなきゃいけないというふうには私は考えない。もちろん素晴らしい文化だとは思うし、知的好奇心を満足させたり、ヒマラヤの山の奥の理想郷にロマンチックな思いを馳せるのもいいかもしれない。でも一番肝心なのは、私たちの足元、私たちの文化、私たちが今、立っている位置について、あらためて考えるきっかけにすることだって思ってる。
というのも、地球上、いたるところで、人々は、土地にしっかり根を生やし、自然や人と深くつながりながら、持続可能な暮らしを延々といとなんできたわけだし。もちろん、近代化、グローバリゼーションの波が押し寄せるまではね。どれくらい早くこの波にもまれたかは、国によって差があるけれど。長い人類の歴史のことを考えると、わずかな差にすぎない。

私たち日本人のご先祖様だってそうだ。江戸時代の循環型の持続可能な暮らしは、トランジション・タウン運動をすすめるトム・ホプキンズにインスピレーションを与えたほど。鎖国によって、そうしたライフスタイルを守ってきた。黒船到来とともに、一挙にグローバリゼーションの波に飲まれて今に至ってる。急に変化が押し寄せたところも、ラダックに似てる。

けれど、それは100年以上前のこと。黒船が来た時にいた人たちで、今、生きている人はいないし、当時から今にわたる変化をみんな体験して、鳥瞰的な視野から、全体を眺めて、コメントできる人はいない。ラダックのケースが興味深いのは、私たちが200年近くかけて徐々に体験したことが、20年ぐらいで一挙に起こったことだろう。同じ人が生きてる間、しかも記憶が途切れぬうちに、その全幅を体験することもできたわけた。グローバリゼーションとは一体何だったのか、その全貌を視野に収めた鳥瞰図、ビックピクチャーを作りやすい状況にある。

緩慢な変化は途中で慣れが生じて、どんなに異常なことも当たり前に見えてきて、反応しなくなることがしばしばある。けれど、これほど急激だと、ショック続きで、慣れようはないだろう。

ただ、ずっとラダックにいて、生まれて初めて体験する波に一挙にもまれるばかりだと、何が起こっているのかよく分からない可能性がある。そこで、遠くから来ながら、一緒に波にもまれたヘレナさんの立場が重要になってくる。

ヘレナさんは、グローバリゼーションの中枢司令部とでもいうべきヨーロッパ出身。グローバリゼーションの行く末に、何が待っているかも、だいたい予期できる。
と同時に、スカンジナビアというヨーロッパでも近代化、グローバリゼーション到来以前の暮らしの記憶がかすかなりとも残ったところで生まれ育っている。だからこそ、その良さを内部視点から理解できる感受性もある。

つまり内部視点と外部視点、両方あって、コミットしながら全体も見据えながら、グローバリゼンションで私たちが失ったもの。これからまた再構築していくべきものを考えるのに、とてもいい材料を提供してくれるポジションにある。

でも、最終的に重要なのは、繰り返しになるけれど、私たち自身の足元で今起こりつつあることについて考えるきっかけにして、今回の講演や映画を通して得られた学びを生かすことだろう。

たとえば、ラダックについて聞きながら、山の奥にある理想郷を思い浮かべることというより、私たち自身のルーツも思い出しながら、何でそれを、マクドナルドやハリウッド映画のために、こんなにあっさり捨てられたんだろうって、自分たちに問いかけてみることだろう。

自分の生命を与えてくれ、支えてくれている自然や、祖先や、家族や、地域コミュニティとまずは関わる生き方を、どうして、つまらないって思い始めたのか。どうして早々と親元を発って都会に、遠くに、海外に出て行こうとしたのか。私自身も、まさにその一人なのだけど、そんなことを「わがこと」としてじっくり考えてみたり。やっぱり自己否定的な劣等感が強くて、それを周りに投影していたのだろうな。それは私自身の問題であるのと同じくらい、文化の、教育の問題でもあった。

そうした人生の時期も終わりつつある今、今後どんな風に生きていくべきかについても、あらためて考えてみる。資本の力にまかせて全然関係のないところから押し売りされているイメージに、幻惑されるのをすっかり卒業できているのかな? 自分がいる「今、ここ」こそが、世界の中心だって心底感じられて、恥ずかしがることも、負い目を感じることも、誰かに合わせる必要も全然ないって思えているのか。

日本古来のものの良さをあらためて再評価して、生活にとりこんでみたり。それは最近の流行でもあるのだけれど、これを一過性のものに終わらせないで、本当にグローバリゼーションに距離をとる運動にしてしまうには、どうすればいいのかな? また、自己否定的な劣等感をひきずったままで、日本や伝統にしがみつくと、ナショナリスティックなヒステリーになってしまうかもしれないし・・・

そんなことを考えながら、今回の催しのお手伝いをさせていただいた。

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