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『奇跡のコースとナウトピアの出会いー精神と社会の錬金術』 2

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「おそれからではなく、愛から生きよう」というのが、『奇跡のコース』(A Course in Miracles 以下ACIMと略)のテーマ。「おそれ」は、本当の自分である、すべてのものとつながった状態から自分を切り離した結果生まれるもので、「何かが足りない」といった欠如感や、「このままじゃだめだ」といった不全感、「こうしちゃいられない」といった不安や焦りで人を苛みます。

おそれにとりつかれると、何に対しても、誰に対しても、「何に役立つだろうか」とか、「どう利用してやろうか」といった「取る」構えで対してしまい、「与える」ことなど、念頭に浮かばなくなってしまいます。

これに対し「愛」は、本当の自分であるすべてのものとの一体感から発し、満たされ、充足した安心感、しずかな幸福感として現れます。それは、生命力の源泉でもあるので、欠如感や不全感を知らない。だから、周りのものから、何かを「取る」必要など、ないわけで、自然に周りに自分を与えはじめます。というより、与えれば与えるほど、このすべてのものとの一体感が深まって、ますます心満たされ、生命力に満たされるので、与えることが与えられることと区別がつかない、そんな状況をあらわしています。

おそれと愛は反比例の関係にあって、おそれが優勢だと、愛は不可能になりますが、愛が優勢になると、一体感から汲み上げた無限のエネルギー、生命力がおそれからくるあらゆる症状を癒し、溶かしてしまいます。

たとえば、私はシェアハウスをやって、いろんな人に家を使ってもらっています。さまざまな価値観、性格の人たちが同じ屋根の下で暮らすと、ストレスや緊張関係は生まれます。

とはいえ、トラブル回避は実はシンプルな心がけで済むことにも気づきました。「要求」しあう前に、どれだけ「与え」合えるか。それに尽きますね。それは、誰かが何となく不平不満を抱えて見える時、「何か要求してるな、要求される前に与えよう」ってことです。もちろん、そうしたサインに気づけないことも多いし、気づいても、与えたものが、要求されているものと一致するかの保証はないことも確か。欲しくもないものを贈られて、困惑した体験は誰しももっているでしょう。

ただ、こうしたすれ違いを絶対回避できる、誰しも求めている万能のギフトが一つだけあります。「愛」です。一緒に「愛」をたっぷり添えて贈ることさえできれば、どんな見当違いのものを贈っても、かえって相手の迷惑になるような大失敗をしても大丈夫。「気持ち」は伝わるし、そこから関係が癒されて、相手の不平不満や要求の多くが、いつのまにか消えているのに気づくでしょう。先ほどのACIMの定理を使えば、愛が優勢になると、おそれが退散するから。おそれの現れだった欠如感、不全感も、消えてしまうからです。

だから、いつも愛をみなぎらせて、愛を贈ることさえできれば、トラブルも未然に防げるし、トラブルが浮上しても、大きく広がらないうちにその芽を摘むことができるというわけです。

ゆるし

といっても、いきなり「愛から生きろ」「愛を与えよ」と言っても、何から手をつければいいかわからない、というのが実情ですね。

そのためにACIMが説いているのは、これまたとてもシンプルなことで、とにかく「ゆるす」こと。とにかく、少しでも頭にカチンとくることがあるたびに、ゆるす。ゆるすことで、攻撃の矢を愛で溶かして、その痛みや破壊力から、少なくとも内面的には一切影響受けない状態をつくろうとするわけです。というのも、おそれは攻撃を受けた瞬間、感じられるものだからです。あるいは自分が攻撃した瞬間、たとえば「報復がくるかもしれない」と予期して、感じられるものだからです。自分が受けたものであれ、思わず知らず与えてしまったものであれ、攻撃を感じたら、その瞬間、ゆるす・・・というのを徹底してやるよう、すすめられます。

ここで、大きな疑問が生まれます。明らかに相手が悪い場合もゆるすの? ナチスも原発も、ゆるすの? そうすれば、社会をいい方に変えようがないじゃないの? これこそ、スピリチュアリティと政治が、互いに反目しあうと普通思われているホットスポットです。もうちょっと言ってしまえば、私たちをスピリチュアルに変革して、「日々是良日」、「どんなときも、ハッピー」な存在にしてしまうと、悪しき体制も許容し、野放しにすることにつながるんじゃないか、という懸念ですね。

社会変革の支えとしてスピリチュアリティを持ち出そうとしている私の立場が、なかなか認めてもらえない理由の一つにもなってるわけです。そんなこともあって、ここで、この問題について、私の立場を明らかにしておきたいと思います。

一つは、ここでいうゆるしは、「ゆるされる相手が正しい」とか、「彼らに責任がない」と言っているのでは全くないこと。ましてや、「ゆるされる相手に自分が屈服する」という意味でもないことです。

ゆるすとはむしろ、自分を解放する行為だと思っています。というのも、怒りがあるところには必ず、現実とは「こうあるべきである」という期待があり、その期待からの逸脱を受け入れられない自分がいるということを現しているからです。ゆるすとは、そうした期待や、そうした期待を抱いている自分の現実の決めつけ、思いこみから自由になること。必要があればそれを疑問視したり相対化したり、手放すこともできる余裕を持つということでもあります。

たとえば、無実の罪で監獄にいれられたとします。そんな理不尽なことをした相手は間違ってる。それは事実。当然怒りも湧いてきます。その気持ちは、もちろん、受け止め、尊重する必要がある。でも最終的には、ゆるし、手放していくことが求められている。そうしないと、身体だけでなく、心まで監獄に閉じこめることになってしまうからです。「目には目をと言っていたら、みんな目くらになってしまう」とガンディーが言った通り、復讐心にとらわれていると、適切な判断ができなくなってしまいます。そんな状態を避けるためにも、まずゆるす。つまり、まずは自分のために、ゆるすのです。

ゆるしはしかし、単に自分のためだけでもありません。ゆるすと、相手の間違いが野放しにされるのではないか・・・と思いがちですが、実際には、逆にゆるすことで、相手に本当に癒すにはどうすればいいか、本当に必要なことは何かも見えてきます。心が自由になり、視野も広がり、頭もとらわれから解放されて、柔軟に働き始めるからです。

たとえば、『ナウトピアへ〜サンフランシスコの直接行動』の中に、福島から北海道に移住した宍戸慈さんが、特定秘密保護法が可決され、安倍首相をはじめとした関係者に対して皆、非難轟々だった時、次のような一風変わった反応をした話が出てきます。

ざわざわ寝付けず、ふと妄想。

森さんや安倍さんや石破さんに、愛情いっぱいに生産者さんが育てた素材で、心を込めたおいしー手料理を作ってあげて、暖炉のある漆喰や樹のお家で食べさせてあげたら。

そんでもって、たぁっぷりの愛情でぎゅーーーっと抱きしめてあげたら。
そうしたら、あんなに苦しそうな顔、しなくても、済むかな。

法律は、国は、日本に住む人を幸せにするために作られるのだと思うのだけど、作っている人たちが幸せそうじゃないことが、いちばん心配だったりして。

これなども、ゆるしの視点から出てくる洞察だって、私には思えます。そこからは糾弾するような政治行動は出てきません。代わりに、たとえば「歓待の政治学」(上掲書)がはじまることになるでしょう。

暴力の連鎖を断ち切り、骨抜きにする

暴力の連鎖を断ち切る効果、そもそも、暴力そのものを骨抜きにしてしまう効果を発揮することもあります。ゆるしのプロといえば、何と言っても、ガンディーが率いるサティーヤグラハ、非暴力・不服従部隊のことを思い出します。彼らは、殴りつける棒や、時には銃弾とびかう中、一切抵抗せずに行進し続けました。日本にもいたことのあるインドの外交官、P・ラトナムによると、

わたしは若いとき、ガンディーがサティーヤグラハの一隊をつれて行進するのを見かけました。何十人も一列になって、サティーヤグラハの人々が行進すると、その真正面から、イギリスの兵士がこの線を突破したら発砲するぞと立っています。第一列が打たれれば、第二列のものが少しも恐れずに向かって進んで行きます。みんな真っ白な手織木綿をきて、婦人や、青年や、子供達が、手をつないで軽々と進んで行くのです。・・・いかなるイギリス兵といえども、これらの罪のない人々を打つことはできない。とうとう兵士の方が逃げ出してしまいます(『ヴェーダンダ』1969年12月号)

全く抵抗しないなんて、無謀で痛々しく聞こえますが、実はこのやり方、犠牲者の数も、全体として見ると、最小限に済むのです。暴力に暴力で応えるとき「目には目を」といった果てしない暴力の連鎖がはじまりますが、そこにゆるしが介在すると、この連鎖をぴたっと止める役を果たすからです。

また、コミュニケーションが受け手のサポートで初めて成り立つように、暴力は暴力で応えられてはじめて、現実として成立するとすれば、非暴力不服従の姿勢は、そもそもこれが現実として地歩を固める地盤をなし崩しにするとさえ言えるかもしれません。引用した証言の中で、相手の罪のなさを前に、「とうとう兵士の方が逃げ出す」といわれるのは、この辺の様子を表しているのでしょう。

どんなに自分が正しく、無罪だと思われても、自己防衛し続ける限り、暴力の連鎖からなるおそれの世界の再生産は止まりません。抵抗をやめ、理屈抜きで、無条件にゆるすまでは。暴力の世界が成立する地盤を崩し、その亀裂の下から、愛からなる世界が産声をあげる、その最初の陣痛が、ゆるしなのです。

自律性の源泉としてのゆるし

『ナウトピアへ』でもちょっと紹介している飛澤紀子さんは、福島出身、北海道在住の私の友達です。3.11の日に、地震で家が半壊、父親を多分放射能が原因だと思われるリンパ腺腫で失った後、夫と別れ、シングルマザーとなって、二人の子供を連れて、福島から北海道へ移住しました。

つまり大変な目にあっていて、東電を、別れることになった夫を、震災という自然現象や運命を恨んだり、嘆く理由はいくらでもあるのですが、私が彼女にあってびっくりしたのは、犠牲者意識というものが、ほとんどないこと。

たとえば、当時私は、「受け入れ隊」という福島から北海道への移住者支援のグループに関わっていたのですが、飛澤紀子さんはそこで、ちょっと有名になりました。なぜかというと、北海道に到着した彼女が、その事務所に来て一番最初に発した言葉が「私に何かできることはありませんか?」というものだったからです。そんなことを言う人は他にいなかったからです。だってあなた、「助けられる」立場の人でしょう?

インタビューして見ると、自分でも紆余曲折しながら、最終的には誰も、何も恨まないことに決めた。つまり完全にゆるすことにした、と言うのです。それは東電が悪くないないなんてこととは無関係。間違ってるけど恨まない。ただ、攻撃したりされたりの刃から、心が、まったく影響を受けないようにしようと決断して、自分を鍛えたのです。それがゆるし。おかげで、彼女は「犠牲者」と言う役柄から解放されて、自由になり、大変な自発性、創造性をめきめき発揮するようになりました。のんちゃんカフェというコミュニティづくりをはじめ、パーマカルチャー的な農業をはじめ、今は寺小屋づくりに奔走しています。

ぜひ来てお話を聞かせて欲しいと、当時私がやっていた北大での研究会にも呼んだのですが、そのタイトルは「3.11を希望の日に」というものでした。嘆くよりも、この先私たちがどうするかが重要。これを機に、持続可能な生き方がはじまって、遠い未来、振り返ってみたときに、3.11 の日がいい転機になったね・・・と言える、そんな意味で「希望の日」にしようという趣旨でした。

ゆるした人の視点は新しい世界のきざしを発見するのも得意

飛澤紀子さんは、3.11後、しばらく避難所生活を送りました。地震で家が半壊、全壊した人たちばかりが集まるその場所は、陰鬱な雰囲気が漂っていました。が、一箇所、お年寄りの笑い声がするところがあったそうです。当時幼稚園に通っていた彼女の娘と、3歳の息子が、物資乏しい中にも、たまたまそこにあった紙を使って、折り紙を教えていたのです。折り紙を教えるなんて、普段なら、ささやかなことにすぎません。でも、初対面の知らない人たちばかり、年代も全く違うお年寄りの中に子供達が入っていくことで、人と人をよそよそしくしていた壁が一挙に崩れ去り、そこからさざなみのように、明るい顔が避難所全体に広がっていくきっかけになったのでした。翌日、今度は、やっぱりたまたまそこにあった糸を使って、お年寄りの方が、子供達に道具なしで、指だけでできる編み物の仕方を教えて、一緒に夢中になっていたとのこと。無力感にうちひしがれていた人たちが、自信をとりもどし、活気づき、顔を輝かしていたそうです。

教え合い、学び合うことの持つ、人を力づける力。年齢や境遇などのあらゆる「ちがい」の垣根を超えて人をつなげる力。そこでは人の助けになることが嬉しくてたまらず、与えることが受け取ることと区別がつかなくなる・・・何にもものがない、希望も見えない、そんな状況だったからこそ、そのすごい力を身にしみて感じることになったとか。その時の気づきは、今、私も関わらせていただいている、みんなの寺小屋構想に生きています。

災害、不幸にみまわれたとき、「どうして私が」と問いかけたくなることがあります。つまり、自然現象でさえ、私たちはなかなかゆるせないというのが、現実なのではないでしょうか? ましてや、物資乏しい中、知らない人たちと一緒に避難所生活を送るわけですから、これも受け入れるには、相当の葛藤があったはず。それははけ口を求めて、文句をいったり、非難できる対象すべてに攻撃の刃を向ける、不満たらたら・・・といったシナリオも、ありそうです。でも、そんなふうにゆるせないでいる限り、ここで飛澤紀子さんが発見したような新しい世界の兆しに気づくことはないでしょう。

ゆるしきった人のまなざしはこんな風に、「今、ここ」にすでにある幸せな体験の実質を敏感にキャッチするのが、得意です。

自分の「外」にあるものに、幸福の主導権をわたさない

飛澤紀子さんのケースはもう一つ、ゆるしが究極的にめざすものを教えてくれます。自分の「外」にある人やもの、あるいは震災や事故などの外的状況に、自分が幸福になったり、不幸になったりする主導権を一切渡さないということです。

それら一切をゆるすとき、離婚しようと、地震で家が壊れようと、親が亡くなくなろうと、断固として生き抜く、生きる底力が、内側から湧いてきたのですね。おかげで、元夫を、東電を、運命を、神を恨んだり、嘆くばかり、援助に依存した受け身で無力な「犠牲者」としての役割から脱却することができました。自分の人生は自分で決める、つくり出す、前向きで積極的な生き方の原動力になったわけです。

何があっても瞬時にゆるしてしまうと、「犠牲者意識」は確かに消えるけれど、人災の責任の所在を必要以上に、糾弾するようなことはしなくなります。その点、非政治的で、社会を変えることもできないように見えます。

でも、状況から、周りの人から、感情的な影響をうけず、幸福でいれるということはまた、周りの人たちを支え、癒せるということでもあります。余裕のある態度で、状況を冷静に見つめれるということでもあるので、その都度、必要な、的確な行動をとることができます。怒りや復讐心で視野が狭まっていないので先ほど見たように、一見絶望的な状況の中に、希望の種を発見するのも得意だし。しかもそれを忍耐強く育てていくのに必要なやる気、活力、創造性、自由さも豊富。それらは、「愛」から生きていると自然に湧いてくるものだからです。新しい世界を作ることに始終するナウトピアンとして生きることもできるようになるというわけです。加害者を糾弾したり、裁くのとはまったく違う回路で、社会を変えることができるようになるのです。

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