奇跡のコース

心に家を建てる

  • LINEで送る

身体の中にどっしり居をかまえて、力強く生きていきたい
存在の根底に働きかける深い仕事をしたい
そんなふうに思ったら、
まず最初に確かめるべきなのは、
わが家がどこにあるかということ。

わが家とは、いざとなったら逃げ込める安全な隠れ家、
その中にいれば、心からくつろぎ、安らげる場所。
心配でたまらなかったり、落ち込んだり、悲しんでいるときも、
そこに戻れば、ふたたび元気になれる。
しあわせの源泉。
私たちが真に一体化でき、自分と一つになれるもの。
私たちのアイデンティティ。素性。

自分はそこから来たこと。
決意次第でいつでもそこへ帰ることを知っているから、
どんなに険しい道に迷い込んでも大丈夫って思える
心の拠りどころ。

それがどこにあるかが、問題になってくる。

それを、崖っぷちや、波打ち際や、土砂崩れ、地盤沈下しやすい
不安定で危険な場所を避け、安全な場所に建てたいなってみんな思う。
いつ崩れるか、絶えず心配するようでは、くつろげるわが家ではなくなってしまうから。

絶対安全なわが家の立地は、ではどこにすればいいのかな?

それは、私たちの心の中。
もちろん物質的なかたちはとることができないけれど、
その分、老朽化して朽ちることもなければ、災害で壊れることもない。
ローン返済に追われることもなければ、抵当にとられることもない。
プライバシーも万全。
絶対安心な砦という、わが家の条件を完璧に満たしてる。

ただ、心の中といっても、不安や期待、執着がべったりとこびりついた、ごちゃごちゃしたイメージでいっぱいになってる場合もある。

これらのイメージが安らぎを壊す。

というのも、それがどんなに喜びに満ちて見えても、
「かたち」のあるものへの愛は、
思い通りの「かたち」にならなかったらどうしよう・・・壊れたら、失ったらどうしよう・・・という恐怖と表裏一体だから。

そんな「かたち」がぎっしり詰まった心を抱えてると、
大好きな人、大切な人ほどコントロールしたくなり、
ジャッジメントを下したくなる。

なぜなら、生きてる限り、完全にコントロールできる存在などないし、
一時的に思い通りになっていても、思い通りになればなるほど、
それが失われたときへの不安も無意識のうちに、たっぷり抱えこむことになる。
何より、愛あるつながりが失われてしまう。

ようするに、自分も相手も傷つくばかりだから、
たくさんの失望、不満、怒りを抱えて生きていかなきゃならなくなってしまう。

「かたち」への執着がいっぱいつまった心を抱えていると、
生死に関わらない、基本的にはどうでもいいことなのに、
こうでなきゃ、ああでなきゃ・・・といった特別なこだわりだらけなので、
冬でも夏野菜を、遠くにあるものも、今、ここにお取り寄せしようとする。
あるいは、スイッチ一つで家の中は快適温度、蛇口ひねるだけでお湯も出る
とっても「便利」だけど持続不可能な世界をつくってきた。

「スピリチュアル」な人ですら、
現実が思い通りの「かたち」にならないことで、
あなたの「引き寄せ力」は、まだまだダメねって、
まるで試験に落っこちたかのような敗北感を味わわされることさえあるほど。

「かたち」の上に欲望を集中させ、心の拠り所を求めるとは、
あてにならない、グラグラゆれる壊れやすい材料で、災害多発地帯に家を建てるようなもの。
ゆるぎない安らぎの源泉になるはずの家なのに。

ゆるぎない安らぎを放射していて、
そこにいれば、絶対安全の本当の家は、
あらゆる「かたち」を超えたものを材料に、心の中に建てるもの。

だから、目をつぶって、静かにして、そこに、
あたたかい、液状のひかりを探して。
あなたに一番近くて、親しくて、なつかしい
それは、「かたち」を超えてはいるけれど、
触れることができるもの。
心にいつもじかに触れて、
傷を癒し、寒さを暖め、渇きをうるおしてくれる。

これをいつもいつも思い起こし、心に養い続けてると、
力強く育ちはじめ、やがてそれはあなたをかくまう家にまで成長する。
家、というより、母の胎内にいるように、丸まって、夢まどろむことができる「巣」といった方が近いかしら。

その中に飛びこんで、この液状の光を抱きしめて、
その中で湯浴みできれば、
ねばっこく身体にまとわりついて離れなかった「かたち」も、
自然と、ぼろぼろ剥がれ落ちて、
生まれたばかりの赤ちゃんのように、ふたたび純粋、ピカピカになれる。

その窓から、あらためて、「かたち」でできた世界を振り返ってみると、
あら不思議。全然違って見える。

それまで、手に汗握りながら、一生懸命握りしめ、喪失の恐怖にがんじがらめ、「こうでなきゃダメ!」と、頭ガチガチ、別の見方なんてできなかったものが、

わたしの家から発するひかりに照らされて、
軽やかに、可塑的に、いたずらっぽい冗談のように見えてくる。
さざめく笑いの奥から突き上げてくるのは、
感謝の念。関係するすべてのものに、ありがとうって言ってまわりたくなる。

どんな時にも、意思するだけで、この家に戻ってこれるようになるまでになれたら、
あなたはもう怖いもの知らず。
どんなに窮地に立たされても、大変な目にあっても
どこかゆったり、のんびり。
他の人が血相を変えている時にも、
雲間を射すひかりのように、
やすらぎとよろこびを放射出来る人になれる。

あなたは、自分を安全にしてくれると思うものと一体感を持ちます。それが何であれ、それは自分と一体であると、あなたは信じようとします。あなたの安全は真実の中にあり、虚偽の中にはありません。愛こそ、あなたの安全です。恐れは実在しません。愛と自分を同一視すれば、あなたは安全です。愛と自分を同一視すれば、あなたは本当の自分を見つけることができます。(奇跡のコース、ワークブック、パート2、「5. 身体とはなんですか?」の結びの言葉)

  • LINEで送る