瞑想って、ただ、本来の自分と世界の姿を確認すること
真理はやっぱり真理だねって、ただ事実を確認するためにやるものだって思ってます。
真理っていっても漠然としてると思われる方いらっしゃるかもしれませんね、
ようするに、本来の自分。またそれと結局は同じことだってわかるのですが、本来の世界ってどういうものか、その真理です。「実相」Reality って呼ばせてもらいます。
これはもう、体験してもらわないとわからないものなのですが(この記事の後半の実験、ぜひ、試してみてください)、
少しでもそこに触れると、心が静まり、安らかになります。
光がさすと、当然、闇が消えるように、
それまで心に影を落としていた悩みや問題が、いつの間にか消えているのに気づくことも多いです。
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こうした「理想的な」状態を、私たちは、「いつか」未来に達成するゴールとして、
それをモチベーションにして、学びや修行に励むことが多いですよね。
私たちの会では、逆にそれは「すでに」達成されている。だって、それが本来の私たち、私たちの実相なのだから。私たちはそれ以外だったことなんて、ないのだから。
ただ、その本来の私たち、私たちの実相に、覆いをかけて見えなくしている心の活動を停止させればいいだけ。そうすれば、どんなに空に重く雲が立ち込めていても、開いた雲間から光が差し込むように、実相が現れてきます。
ようするに、これ以上知識ややることを増やす足し算をするのではなくて、
いつもいつも知らぬ間にやっている「覆い」を作る心の活動を外していく、引き算あるのみ。
そんなアプローチを取るんですね。
覆いを最後まで外すことさえできれば、
どんな条件下でも、たとえば、パワースポットにいても、お墓にいても、
いつも同じものが現れます。だってそれが、本来そこにあるもの、実相なのだから。
安らかで気持ち良い状態に「なる」のではなくて、
安らかで気持ちいい状態、これが本来の自分や世界のあり方だったって事実を確認するだけ。
主観的なところなんてひとかけらもない、とっても、客観的な作業だって思ってます!
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でもここでいう「覆い」って何なの? って思われるかもしれませんね。
答えを先取りする形で、端的にいうと、
この世界の中に見えるものに反応して私たちが考えること、またその思考に基づいて取る行動全てです。なぜ、そうなのか、説明すると長くなるので、それはまたの機会をまつことにして、ここでは、論より証拠で、まず体験してもらえればって思います。
基本の瞑想
今この瞬間、止まって、
体験中のことをさっと、スキャンしてみてください。
この文章を読むことで引き起こされた思い、記憶、
あるいは脱線的な思考、
今たまたま感じていらっしゃる身体感覚、暖かさ、寒さ、身体の違和感、不快感などが見つかるかもしれません。
そのすべてを、さっとスキャンして、
その全てがそのまま、ありのままであることを、ゆるしてください。
気分や良くても悪くても、体調が良くても悪くても、不平不満や攻撃的な思いがあって、エゴエゴしていても、別に、いい。そのままであることをゆるしてください。そうすることで、これから自分が体験しようとしているもの、実相は、このレベル(いろんな体験内容の中)にはないってことを確認するわけですね。
そうやって、すべてがありのままであることをゆるすと、ちょっと、「ほっ」とした感じが心に広がるかもしれません。
その安堵感の中に入り込んでう~んとリラックスしてみましょう。
そうしながら、ただ、静まって、何もせず、何も考えず、しばらくただ、ぽかんとしてみましょう。
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どんな感じがしますか?
そこにあるものをただ感じてみましょう。
そこに感じられるのが何であれ、そこにじっと注意を傾けてみましょう。
小さな小さな声も、耳を澄ますと、だんだんはっきり聞こえてきます。
今あなた感じられたことは、聴覚体験ではないかもしれませんが、
たとえば、静けさに耳を澄ます、安堵感に耳を澄ます、優しさに耳を澄ます・・・というように、
それでもそこに、耳を澄ますことできないでしょうか?
そうしながら、そのすべてがそこから湧いてくる源泉に、じっと注意を凝らしてみましょう。
とはいえ、それが何であるか、考えないでください。理解しようとしないでください。
心を無にして、ただただ、耳をすませてください。
完全な受容性になってください。
それにつれて、何であれあなたが感じられる質感がますます流れ込んできて
少しずつ力強さを増していくのを、ゆるしましょう。
それを、あますことなく、流れてくるままに受け入れることをやってみましょう。
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すぐに気が散ってしまっても、大丈夫。とりあえず、今はこれでよしとして、機会がゆるすたびに、繰り返してみてください。だってこの瞑想、数秒から1〜2分もあれば、できますから。繰り返すたびに、深まっていく様子、感じられると思います。
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基本の瞑想、これだけです。いかがでしょう?
誘導はあえて、ただ、どんな態度で望むかだけ。最小限のものにしてあります。
というのも、いろんな方と一緒にこの手の瞑想をしてこれまでわかったのは、
私が「こんな感じがしますよね」というと、
そんな感じを感じようと「努力」しはじめたり、
そんなイメージを心に抱いて、自己暗示にかけて、本当にそんな感じがするまで「頑張る」方がいらっしゃるのがわかったからです。
それは、実相ではないです。分離したエゴの活動で、実相にかけられた覆いを外すというより、さらに新たな覆いをかけてしまう可能性があります。
実相から覆いを外そうとしながら、覆いを増す結果になっているケースって、思いの外、多い気がします。
また、人によって、実相体験って、さまざまな形ではじまります。
たとえば、身体感覚が敏感な人は、あたたかさや緩んででいく感じがしたり、
視覚的な人には光が感じられたり、感情豊かな人は心がやさしさで満たされたりと、
その人の一番、親しんでいる心の働きを経由するかたちで、実相って、働きかけてくるみたいなのです。
以下、よくある体験をあげますが、あくまで、例にすぎないって思ってください。
たとえば、静けさ、ほっとした感じ、あたたかい感じがあるかもしれません。
いきなり心にやさしい気持ち、愛が広がるのだけど、誰に対して、何に対してなのか、さっぱりわからない。あえていうと全てに対してとしか言えない。
あるいは、なんとなく、一人でない感じ、聖霊やイエス、天使など、スピリチュアルな存在がともにいてくれる気配がしたり、守られ、世話してもらっている感じがして、感謝が溢れてくるかもしれません。
あるいは、特に何も感じずただ、ほっと、息をつくだけかもしれません。
どんなケースでも全く大丈夫です。どうぞ、自分が感じられるものが、正解だって思ってください。
過去に学んだこと、人から聞いたことに基づいて、人為的に作り上げられたイメージでもなければ、
自己暗示をかけて、本当に感じられるように仕立てたものでもありません。
自我にハイジャックされることのない、真正の実相、スピリチュアルな領域からさす一条の光なのですから。
ここに、全てのスピリチュアルな努力の基礎を置く必要があります。
正しい基礎ができてはじめて、実相体験って、ゆるしや癒しの中で、使いこなせれるようになるし、それが本来、心をぴたっとそこに合わせることさえできれば、光が自然に闇を消すように、努力をほとんど必要しないものなんだってことも、わかってきます。
今、実相体験はさまざまの形で始まると言いましたが、でも経験を重ね、先に進んでいくにつれ、
平安や愛、力や生命、インスピレーションやゆたかさ、美など、誰もが同じような質を感じるようになります。
なぜなら、それを私たち、共有してるわけですから!
分離の支配下にある心の働き、エゴバージョンの安らぎや、愛、力、生命、何が正しく間違っているかといったジャッジメントの代わりに、実相の質を置き換えて、
分離した個人、エゴとして生きるときにつきものの恐れや気負い、余計な力を全て抜いて生きていく
そのプロセスは本当に素晴らしいものです。
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この記事で「私たちの会」と呼んでいるものは、来る2月20日よりスタートします。ご興味ある方は、この記事(←をクリック)を見てください。
