2023年9月に始まって今も続いているヘレンのノート版ACIM読書会の内容のあらましで、会の前後にみなさんにメールした予告編や、学習内容を定着するワークを、ご紹介しています。
会そのもののビデオは、今も、1本1000円、5本以上そろっての購入だと1本500円でシェアしています。
もしビデオを観られることにもご興味ある方がいらしたら、堀田真紀子(mhorita*gmail.com *に@を入れてください)まで、ご連絡ください。
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今回使ったテキスト***
ACIMのテキストとしては、
ヘレンのノートをもとにした、ロバート・ペリー編纂のCOA(Circle of Atonement)版のテキスト(「紫の本」と呼んでます)を使わせていただいていますが、
今回扱うカメオ16は、この紫の本1786ページ以降にあります。
私がざっくり訳した日本語試訳は、ここをクリックすると出てきます。
例によって、黒字はエッセイの本文、緑の文字はそれにペリーさんがつけたコメント、赤字は私のコメントです。
行頭を低くして引用してある部分はヘレンが書き取ったイエスの言葉の引用です。
今回、もう一つ、参考にしたいカメオ1(紫の本1683ページ以降)の私の試訳は、ここをクリックすると出てきます。
ここで、行頭低くしてあるのは、ヘレンのノートに実際に書いてある言葉で、その中には、イエスの言葉もあれば、ヘレン自身の言葉もあります。
予告編***
ゆるしを熱心に実践すればするほど、
こんなにがんばってるのに、また、同じパターンの心の動揺に悩まされてしまった・・・とか、
あいかわらず、上司は意地悪だし、家族も問題だらけに見える・・・
全体的には少しずつ楽になってるのだけれど、ペースが遅すぎる!
これってキリがないんじゃないの? 一生やり続けなきゃいけないの? と言いたくなる。
そんなシェアをよく聞きます。
そう言いたくなる気持ちも、やまやまですが、
そういう態度でいると、「欠如を→埋める」エゴ駆動の支配下に、ゆるしがハイジャックされてしまいますよね。
「今」、エゴが欠点だと思っていることを、「未来」において改善して、
望ましい「結果」を出すために、ゆるしをしているってことになってしまいますから。
もちろん、ゆるしをコツコツするうちに、心の動揺がグッと減って、周りの人たちもいい人に見えてくる・・・というのは、確かにあるのですが、
そんな結果を出すこと自体を、知らず知らずのうちに、ゆるしの目標にしちゃうと、
「問題だらけ」という、自分の知覚する世界や自分自身をリアルにし続けますし、
時間の中に迷い込むのがやめられなくなってしまいます(ダメな「今」を飛び越えて、「未来」に期待をかけているわけですから)
いくら頑張ってもなかなか進まない感じがするのは、そのせいです。
じゃあどうすればいいか?
たとえ何が起こっても(全然進歩していないなと、見たくなることも含めて)、
それをちょっと引いた、静かな広がりの中から、
戦場の上空から、
聖霊とともに見れる。
そんな「視点」にいつもいること。
その視点の静けさ、安らぎ、やさしさから始終はなれないこと。
そこに目標の照準をぴたりと合わせて、
世界の中に「形」としてみえること、「結果」として起こることは、
二の次、三の次。もう、どうでもいい。
そう思えるようになればなるほど、奇跡の連鎖が自分を取り巻いていることに、気づきやすくなるし、「ゆるされた世界」も見えてくる気がします。
*
今回、中心として扱うカメオエッセイは16です。最初はいやだと断りながらも、その後、心を入れ替えて、誰かのために、イエスからの言葉をノートに書き留めるある日のヘレンの活躍ぶりが書かれているエッセイです。
そこで書き留められた内容は、表向きは、夫を助けたいと思いながら、同時に、自らの内的な不安を、夫にすがることで、解消するために夫を利用するある女性についての心理的な分析~テキストの先の方で「特別な関係」と呼ばれるものですね~で、本当にそっけない。事実を事実として確認しているだけです。
励ましの言葉もなければ、問題解決のための素晴らしいアイデアをアドヴァイスしたり・・・などということもありません。
でも、先ほどお話しした、広々とした静かなところから、ちょっと引いて、彼女を見れる・・・そんな視点だったら、確実に与えてくれるような内容なんですね。
特に、これが、その女性の夫のために書き下ろされたメッセージだと想定する時、
「彼女の心の中では、こんなことが起こってるんだよ」と、ただ事実を指摘してもらう・・・それだけで、その旦那様のお顔にかすかな笑顔が広がる様子が、ありありと想像できるのですね!
そんな味わい深いイエスからのガイダンスを扱いながら、ゆるしの基本を確認できたらって思ってます。
*
と同時に、このカメオ16で描かれているヘレンの様子、
カメオ1でみてきたコース口述が始まった瞬間のヘレンのガイダンスに対する姿勢と比べると、雲泥の差。
その間、1年も経ってないと思うのですが、彼女、ものすごく進歩してるって、感慨に耽らずにいられません。
というわけで、この機を生かして、この会では、
ヘレンやビルが、イエスとコンタクトをとりながら、これまでガイダンスの受け取り方に関して、2人が経験的に学んできたことをまとめつつ、
それを体験で確かめる会にできれば、と思っています。
鍵になりそうなのは、
1、心の静けさ。つまり、欠如感からくる思考、欲求が一切消えた空白状態を作らないと、神の言葉を迎え入れるためのスペースが開きません。
このあたり、レッスン125も参考にしながら、ビルがイエスに教えてもらった祈り
「主よ、私はここにいます」Here I am Lord
など、ご一緒できたらって思ってます。
神、あるいはそこに橋渡しをしてくれる助け手のプレゼンスに十分、たっぷりと、深くつながって、安らぎややさしさ、静けさに溢れる・・・それが基本で、それができれば、遅かれ早かれ、言葉を感じられるようになります。
その後、ガイダンスに従いながら動く時も、このプレゼンスが放つ愛や平安の放出から離れないようにすることも重要です。
そのためにも、ビルがイエスに教えてもらったこのシンプルな祈り、有効です!
これが、前回確認した「静けき中心」(テキスト18−7の8段落目)から動くことであり、
ケーシーが見落としていたことだったんですね。
2、ガイダンスは公共財。みんなのもの。個人の所有にはできないし、個人の手柄にすることもできません。みんなとつながった一つの心に戻るためのものなのですから。
これについては、カメオ1でも、16でも、ヘレンが何度も、ゆるしの機会の実例、見せてくれてます。
カメオ1で、ヘレンが、「私の人生は私のものではない」という気づきを体験して、
自分の持ち物のすべて、神の救済計画の中でしかるべき位置を占めていることがわかった話が出てきますが、
この間扱った「所有の問題」、ガンジーの受託主義とも通じますよね。
学習が進むと、ある時点でこの覚悟、する必要ある気がします。
これって、エゴ視点から見ると、自己犠牲をしているように見えますが、
実際に生きてみるとわかるのは、罪悪感の持ちようがない気楽な生活のはじまり、
神と、またみんなとつながった安心感にどっぷり浸りながら生きる人生のはじまりになるってことですね。
前置きにしては長くなってしまいましたが、今考えている明日からの会の内容は、こんな感じです。
