ヘレンのノート版ACIM読書会

ヘレンのノート版ACIM読書会 21回目 聖霊がオーナー 私は管理人

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2023年9月に始まって今も続いているヘレンのノート版ACIM読書会の内容のあらましで、会の前後にみなさんにメールした予告編や、学習内容を定着するワークを、ご紹介しています。

会そのもののビデオは、今も、1本1000円、5本以上そろっての購入だと1本500円でシェアしています。

もしビデオを観られることにもご興味ある方がいらしたら、堀田真紀子(mhorita*gmail.com *に@を入れてください)まで、ご連絡ください。

ヘレンのノート版ACIM読書会 これまでのタイトルの全て一覧できる目次のページはこちらからお入りください。

*今回使用するテキスト***

今回扱う予定のテキスト

紫の本 第二章 正しい防衛と恐れからの解放、第1節 所有の本当の意味 (青の本にはありません)、1節の1~6段落目まで。試訳ここにあります。

参考になるものとして、

邦訳もされてる青の本(FIP版)のテキスト13章7節 実相世界の達成。

特にその10段落目の10番めの文章「所有権というものは、あなたに任せられるなら危険な概念となる」以降。読んでおかれるといいかもしれません。

紫の本(CO版)だと、13章の8節目「聖霊にあなたの必要をゆだねる」の1段落目の7つ目の文章から、ほぼ、同じ文章があります。

予告編****

所有的な態度をめぐる癒し、さらにバージョンアップさせていければと思います。

今回は、こんなもの「所有」しようとしてたな・・・って、すぐに気づけるものだけではなく、

自覚症状がない、いわゆる「隠れ所有」してるものまだ、炙り出して癒していければと思います。

たとえば、う~んと癒されて、エゴを取り消して、スピリチュアルになりたいといった思い。

自分が何を「持ってるか」ではなく、自分がどう「あるか」にだけ関わってる態度の代表。

所有関係とは縁もゆかりもない気がしますが、

どれだけ癒されたか結果を気にしたり、それを他の人と比較したり、スピリチュアルな特別な存在になって、それで何か特別なことをやってやろう・・・などと思ってると、そこに所有的な態度、入ってますよね。

どうして、そんなに重箱の隅をほじくるようなことまでして、所有的な態度を炙り出して、癒す必要があるのでしょう?

そのままにしてると、大小さまざまな、心の動揺の震源地として、ずっとくすぶり続けることになるからです。

たとえば対人関係の場合、

自分はあなたをこんな形として所有したがってる、でもそれが叶わないことからくる悲しみがでてきたり、

あるいは、そんなふうにちっとも振る舞ってくれない、私の期待に応えてくれないことで、怒りを抱いたり、

あるいは、そんな悲しみや怒りを感じなくて済むための予防措置、防衛でしょっちゅう気を揉んだり(ありとあらゆる心配など)、いそがしく駆け回ることからくる疲れでへとへとになるかもしれません。

ずいぶん楽になった、でも、根本的には癒されていない感じが、なんだか、つきまとってるのはなぜだろう? って思われるかもしれません。

というわけで、今回は、そういった隠れた所有的な態度まで炙り出して、リバウンドしないほど、根本的に癒していくこころみが、できたらって思います。

というわけで、今回は、月曜日の会の1日前の予告編になってしまいましたが、

予習してくださる方には、やっておいていただきたい作業、またあります!

直前に、ごめんなさい

会の最中でも、同じことをやるので、以下の手順、できるところまでやっていただけたらと思います。

たとえば、ステップ1までやっていただければって思ってます。これはちょっと時間をかけて考えた方がいいと思うので・・・・しばらく間をおくと、思い当たるものが次々と出てくる可能性、あります。

余裕があったら、ステップ2、3、4、5へと進んでください。

隠れた所有をあぶりだし、癒すワーク***

ステップ1:

大切な物 楽しみにしていること 心の支え、生き甲斐にしていること、今一番、頑張ってること

リストアップしてください

ステップ2:

それぞれ、それが失われる、あるいはうまくいかない、最悪の事態が起こることを想像してみてください。

もちろんちょっと、がっかりした感じしますよね。しばらくすると、立ち直って元気になれる、そんな残念さだったら、自然な反応ですよね。全然問題ないし、そこには所有的な態度、ふくまれていないと思います。

でも、自分がよって立つ足場が失われて、天地ひっくり返るような、ざわざわとしたおそれが心の奥から出てくると、要注意ですね。生きがいが失われた、この先私はどう生きていったらいいの? そんな空虚感が残りそうだったら、そこにある所有的な態度、かなり根深いです。

要するに、そこで恐れが出てきた分だけ、それだけたくさん、それを所有しようとする気持ちが、そこに入ってます。

あるいは、最初は、ちょっとがっかりしただけ。大丈夫かな?ってやり過ごそうとしたのだけど、なんだか、お腹や胸が、かすかにだけど、ちょっとざわざわする・・・そういうときは、恐れが潜伏していて、そこから時間をかけて出てくる可能性あるので、しばらくじっと、その体感を感じてあげるのもいいと思います。

どういうものをリストアップしたらいいか、どうチェックすればいいか、例があるとやりやすいと思うので、たとえば私の場合、何をあげたか、シェアさせてください。

私の場合、まず一つ目にあるのは、「完全に神と一つになって、いつも啓示や奇跡の中にいる」ってことですね。生活全体がそれを中心にまわっていて、そのために当てている時間やエネルギーも相当なものですが、それが全て全く無効で、うまくいってるように見えるのは実はまやかしだったことがわかる・・・そんな状態を意地悪く想像してみました。

二つ目に思い浮かんだのは、この会やそれをめぐって形成されてる癒しを助け合うコミュニティですね。これも私にはとても大切なものです。それが何か不測の事態が起こることでどんどん縮小して消滅する様子を、これまた意地悪く想像してみました。

三つ目に思い浮かんだのは、家をめぐる思いですね。建物そのものよりも、全体のセッティングというか、庭や、隣接した森の自然に支えられて生きてるの、感じてます。これが失われて2度と帰れなくなった様子も想像してみました。

四つ目に思い浮かんだのは、今、売りに出しているけれど、なかなか売れず、売りに出してから、もう直ぐ1年経とうとしてます、札幌にある昔住んでた家ですね。この家が結局、いつまでも売れないって、想像してみました。この家が売れたら、そのお金で、私が今住んでる由仁の敷地内に、みんなが集まったり、滞在したりできる場所を作ろうというプランがあるのですが、それが頓挫して、実現しないところ、想像してみました。

五つ目。二つ目と似てるのですが、私、この会とは別のところでも、独居している高齢者の親戚と、主にZoomを通して、今、癒しのプロセスを助け合う、深いお付き合いをしています。みんなもう80前後なので、いつ起こっても、おかしくないことなのですが、亡くなってもう会えなくなった様子、想像してみました。

六つ目。そのお付き合いをしているご老人や、ご老人ではないけれど、癒しのプロセスを助け合う関係を結ばせてもらってる方と会うために、また、どうしても出たい催しに出るために、私、また来年、渡米したいって思ってるのですが、それができなくなった様子も、想像してみました。

そんな具合に、なんだか、次々、思い当たること、出てきました。で、テストの結果ですが、結構、ざわざわした感じ、出てきました(笑)! 

テストしながら、おそれが、ほんのかすかでも、心をよぎったら、そのたびに、

気づきの様態2(包み込み、浸透する気づき)から

気づきの様態3(起こり始めた癒しの進行の担い手に感情をゆだねて代わりに気づいてもらう気づき)でやさしく感じて、聖霊にゆだねていきました。

これが、ステップ3です。

ステップ3:

出てきた恐れを癒す。

こんなふうに、自分が抱えてる所有を細かいところまで炙り出し、

そこに隠れてる恐れを癒していく作業、

シンプルながらパワフルな癒しにつながります。

自分がリストアップしたこの五つの項目について、私がワークしたのはつい数日前なのですが、

ワーク中は、ざわざわする心と格闘して、ちょっと汗ばんでいたのですが、

今、ここにあらためて再録しながら、思わず、笑い転げてしまうほど、リラックスしてるのに気づきました。確実に癒されてるんですね。ありがたいです

癒しのプロセスで、いろいろ、聖霊(以下、この言葉を、必要があったら、イエスほか、あなたの心の助け手について、あなたに一番しっくりする言葉に置き換えながら読みすすんでください)からのメッセージ、感じられるかもしれません。

たとえば私の場合、一つ目の所有にまつわる、ざわざわっとした恐れを癒してもらってる最中に、「大丈夫、神へのあなたのアプローチは間違っていない」というお墨付きというか、ものすごい安心感、いただきました。と同時に、「ただ、私に全てのプロセスをゆだね、まかせなさい」って言われました。

二つ目の、この会に対して所有的な思いを持ってしまうことに関しては、「形あるものは必ずいつか消滅する。この会もそう。でもここで起きてることは、永遠にとどまることが、たくさん含まれているから大丈夫。この永遠にとどまるものだけにフォーカスして、それだけを、所有しようとしなさい」とアドヴァイスされた気がしました。五つ目についても、同じことを言われました。

三つ目、四つ目、六つ目については、とにかく「私にそれをゆだねるように」って、本当、そればかりです。

ステップ4:

というわけで、「所有」的な態度を炙り出し、癒していく、このワークの仕上げとなるのは、

そのすべての所有権を聖霊(あるいはあなたの心の助け手)にゆだね、あけわたすことだと思います。

というわけで、ワークの最後に、

「これを、あなたにゆだね、明け渡します。

すべての人の癒しのために、良きように使ってください。

所有権はあくまであなたにあり、私はそれを借りて、管理してる、管理人にすぎません。

どのように管理したらいいか、どうぞ、教えてください」

って祈るといいと思います。

私たちの心が握りしめようと躍起になってるものの所有権を、そうやって、すべて聖霊に明け渡すことができると、心がう~んと安らかになります。

ステップ5:

もう一つ、日常生活の中で、留意していただきたいことがあります。

リストアップしてもらった、これまで自分が握りしめてきたものに対するときには、

その周りを、後光のように、聖霊のやさしさ、光が取り囲んでる様子をイメージするのもいいと思います。

それらと関わってるときに、聖霊と関わり、聖霊を通して神とつながってることからくる安らぎの方が、

それらがまだ時として、自分の心に引き起こすかもしれない心の動揺よりも上回ってる

そんな状態を維持するんですね。

まだまだ泣き笑いすることあるかもしれませんが、この安らぎの中で、安心して泣き笑いすることにしましょう!

イエスもいうように、結局、自分は神を所有し、神に所有されたかっただけだったんだってことが、わかるかもしれません!

おすすめワーク****

予告編やビデオ内に出てきた所有的な態度を癒して聖霊に明け渡すワーク、続けられてみてください。

とはいえ、もうすでにやりました!って方も多いみたいですよね。

そんな方はステップ5、オーナーに見守られているのを感じながら、管理人として働く感じにフォーカスしてみましょう。

聖霊がいつも、オーナー、私はオーナーの意思に沿ったものになるよう、これを管理する管理人にすぎない。

そう思うことからくる、気楽さを楽しんでみてください。

あるいは、いつか返さなきゃいけない時が来る、

それまでに完全にオーナーの意思にかなったものになるようにしっかり管理しよう。

と思うことからくる、執着を受け付けない軽やかさ

これも楽しんでいただけたらうれしいです。

オーナーの意思に本当に適ったものになるように、それを管理し続けたら、

手放す時が来ても、全然辛くないのに、気づかれるかもしれません!

とってもやさしいオーナー、

安らかさの源泉、すべての安らかさががそこから、放射されているような上司の下で働く幸せを

感じてみてください。

さらに「隠れ所有」を感知する精度を上げたいという方は、

たとえば、自分が、たとえば

「人にこう見られたい」セルフイメージとか、

特定の立場、役割とか、

そこからくる、メンツ、プライドを「所有」していないか、チェックしてみられるのも、面白いと思います。

そんな所有を抱えていると、言動から正直さ、誠実さが欠けてしまいますよね。

人間関係も、心と心が直に触れ合えない、間接的なもの、表面的なものになってしまいます。

定例会や子シェア会でシェアするときも、

この手の所有をかかえながら、守りの姿勢でシェアしていないかな?

正直に、誠実に、シェアしているかな?ってチェックしてみられると、気づきが得られるかもしれません。

自分が抱え込んでる「所有」に気づいて、

聖霊に明け渡されるたびに、

結局、私は安心したくて、こんなもの抱え込んでたんだな・・・

でも、間違ったアプローチで、

結局のところ、不安と動揺の種をつくってたな・・・

本当の安心の源泉は、

逆に両手を空にして、今この瞬間の、つながった感じを信頼して、

そこに飛び込むことにあったんだって、

確かめられると、

着実に、一歩一歩、

世界全体を、やさしい夢と見て、手放して、神の子の光に戻る道、進んでいけると思います。

今回の参考箇所にあげていたテキスト13章7節 実相世界の達成 とても面白いです。

実相を純粋に、実相としてみるって、どういうことかについて書かれてます!

ご興味ある方、ぜひ!

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