私のブログを読んでくださったり、瞑想会に出てくださったりしている方で、
経過報告してくださる方で、もう一つよくあるパターンがあります。
だんだん幸福度が上がってきて、安らかにいられるようになってきた。
でも、ヒョンとしたことで、その状態から出てしまった。
その理由はさまざまです。実際、いろんな理由から、気分すぐれない時って、ありますよね。単にメタボリズムが低下しているのかもしれません。
何かちょっとショックなことが、起こったって、そしてそれが、まだ残っている条件づけ、トラウマを刺激したのかもしれません。
あるいは、いわゆる「進んでいる」ように見える人と会って、自分と比較して、ため息をつきたくなったのかもしれません。私や別の方が、たまたまどこかで書いたり話したりしたことを聞いて、「とてもそれはできない」と、思い始められたのかもしれません。
そんな瞬間、一番気をつけていただきたいのは、
そこで湧き上がってくる「私はダメだ、まだまだだ・・・」と、自分を責める声に、耳を貸さないことです。
そうした思いが出てくること自体は、まったくOKですが、それに反応せず、ただ、通り過ぎるにまかせ、スルーしちゃってください!
代わりに、「そんなあなた」さえ、ありのままであることをゆるし、受け入れ、愛している存在をあなたの中に探し、そこに、沈み込んでください。こちらに、あなたが求めるもの(スピリット、純粋な気づき・・・)があります!
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よくあるエラーとして、スピリット、純粋な気づき・・・のありかを、
今のあなたが体現しそこなっている、「幸福で、健康で、愛にあふれた状態」に求めてしまうことです。
たとえば、どうしてもゆるせないでいる出来事や相手も、寛大にゆるし、
動揺してしまっていることも、安らかに受け止め、ほほえんでいる。
あるいは毎日ちゃんと瞑想したりワークしてる。
今、ここにはいないけれど、「こうあるべき」あなたですね。
その中に、スピリット、純粋な気づき・・・がいるって誤解ですね。
そっちには、いないです! 逆に、どんな惨めな状態であれ、そのあなたのありのままをゆるし、愛している側にいます!
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今、ここにはないけれど、「あるべき」状態の方に、スピリット、純粋な気づき・・・もいる。
この誤解にもとづく決めつけは、ほとんど、無意識のうちになされてるかもしれません(今の私たちの圧倒的に欠如に基づく文化全体が、この前提で動いているようなところ、ありますから!とても強固な条件付けです)。
いずれにしろ、この決めつけがなされると、自分を責め始めます。
で、どんどん、焦りが出たり、心が暗くなったり、気分が落ち込んできますよね。
するとますます、「こうであるべき」理想との格差、比較対象との格差が目について、ますます自分を攻め始めます。
もがけばもがくほど、深みにハマる、蟻地獄のようなものです。
それがコースでいう「罪」です!
完全に自作自演。自分で自分を断罪しては、罰してるわけですから。
そっちの道を選ばないことだけ、それだけ、気をつけてください。
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すでに、そちらの道を選んでしまってるって、気づかれる方もいらっしゃるかもしれません。
大丈夫です! 気づいた時点で、方向転換できます。
「こうであるべきなのに、そうではない」自分に対して、と悲しんだり、いらだったりされていたら、そんな自分も、ありのままにゆるしてる。
そんなやさしさをあなたの中に見つけて、合流してください。
それでも、「こんな自分をどうしても、ゆるせない!」という思いがあったら、
「ゆるせない自分(そこからくるさまざまな思考や感情も含め)を、ゆるしてあげてください。
「スピリットや、純粋な気づきが、感じられない」と思われる場合は、
「感じられない自分」をゆるしてあげてください。
そうすると、見つかります!
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そんな自分と合流して、そこでいっしょに安らいでいること。これが、全ての基礎になります。
たとえば、ブログやビデオの中でご紹介している、罪悪感、ヒキガエルを直接見る方法なども、
これとともにやらないと、難しいです。
基礎がぐらぐらしたまま、難しいことをやろうとして、つまづいて、自分を責める・・・
そういう悪循環にはまらないように、どうぞ、気をつけてください🙏🙏🙏
アーチのようにサレンダーするお話、最近しましたが、
あなたがサレンダーする前に、スピリット、純粋な気づき・・・は、
あなたにサレンダーしているわけですね。
それを感じるたびに、いつも、いくら感謝しても、感謝しきれない気持ちになります。
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