ヘレンのノート版ACIM読書会

ヘレンのノート版ACIM読書会 38回目 カルマの問い〜幸せはいつも、今、この瞬間から

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2023年9月に始まって今も続いているヘレンのノート版ACIM読書会の内容のあらましで、会の前後にみなさんにメールした予告編や、学習内容を定着するワークを、ご紹介しています。

会そのもののビデオは、今も、1本1000円、5本以上そろっての購入だと1本500円でシェアしています。

もしビデオを観られることにもご興味ある方がいらしたら、堀田真紀子(mhorita*gmail.com *に@を入れてください)まで、ご連絡ください。

ヘレンのノート版ACIM読書会 これまでのタイトルの全て一覧できる目次のページはこちらにお入りください

今回扱っているテキスト****

「カルマ」や時間について、ヘレンがとったメモに基づく、に基づくと、このメモについて、紫の本の編者、ロバート・ペリーさんが
紫の本の5章7節「カルマの問い」という節を扱っています。

翻訳もされている青い本の5章の5節「エゴによる罪悪の使用」、6節の「時間と永遠」のあたりに、書き取られたものですが、

このメモが、どんな背景で書かれたかは、不明ですが、たぶん、ヘレンかビルが、自分の過去生についてイエスに質問して、
その質問に対する答えとして語られたもののようです。

青い本のテキストの中には入っていません。私がざっと訳した日本語訳、以下のリンクにあるので、よかったら目を通していてください。

紫の本、5章7節「カルマの問い」 私の試訳はここをクリックすると出てきます。

黒字は本文、緑字は編集者のロバートペリーさんの注赤字は私のコメントです。

このテキストの解説や、このテキストの元になったメモから、カルマとはちょっと違うテーマなので、

テキスト本文に入れられなかった部分(ヘレンが、どんなにイエスの言葉を正確に聞き取れるようになってきたかなどについて、イエスが褒めている部分)も収録した

カメオエッセイ19 ノートを編集するにあたって

https://docs.google.com/document/d/1JkQ40qS5qrRbep0Fq1fZjeDobvu5l5xpZxUKesIWVhY/edit?usp=sharing

予告編****

エゴ視点でいる限り、私たちには、過去が「今」の自分を規定しているように見えます。
だからこそ、カルマの理論も意味を持つ。

でも、コース学習者としての私たちの関心は、「聖なる瞬間」を受け入れて、過去を手放し、「今」、この瞬間に開く癒しの力、贖罪を受け入れて、
「今」を、神に創造されたままの私の全き新しさ、過去を知らない新しさで、生き直すこと。

「今」の私は、過去に規定されると信じている限り、横の時間を断ち切る、こ
の「聖なる瞬間」が介入する余地がなくなってしまいます。



また、自分の未来をより良くするには、
悪を避け、善業を積めばいいといった、勧善懲悪的なカルマ理論を信奉するってことは、
「救われるには、どうすればいいか、私は知ってる!」ってこと。
自己流救済計画に囚われてるってことですよね。

ということはつまり、エゴ特有の、欠けたところしか見えないメガネをかけたまま、一生懸命豊かになろうと努力したり、
「私は愛されない」メガネをかけたまま、一生懸命愛される人になろうと努力するような、
ものの見方の問題を、行動で解決しようとする
レベルの混同のどうどうめぐりから逃れられません。

これに対してコースは逆に、救済のために、エゴのメガネをかけたまま自己流に動いちゃダメ。
「あなたは何もしなくていい」ことを強調しますよね。

聖なる瞬間を受け入れるために、私たちがしなければならない唯一のことは、
ただ、「ささやかな意欲」だけを持って、
聖霊に自分の思い、自分が知ってることの全てを差し出すだけ。
そして、赤ちゃんのような、何も知らない信頼感の中で、待機するだけ。

そして、タダでいくらでも手に入る(神の子としての生得権利なので)、
無条件かつ決して枯渇することのない無限の愛を、
心を全開にして、素直に受け取るだけ。



つまり、カルマ理論を信じてる限り、「私はどうすれば自分が救われるか知っている」といった自己流救済計画から逃れられないし、
エゴが自分で自分を救おうと救おうとうするときには必ずつきまとう、取引や損得勘定のロジックを引きずることになってしまいます。

そんなふうに見ていくと、結構、思い当たるところあるな・・・・と気づかされるかもしれません!
「カルマ」といっても、私は仏教徒でもヒンズー教徒でもないしと、知らぬ顔していること、できなくなってしまいますよね。



というわけで、今回の読書会では、もっと広く、
カルマの問題の中に含まれている、
時間に対するエゴの態度を、完全に手放すってことを、ゴールにできればって思ってます。

それは、まず、「今」この瞬間の私たちのありようを、
過去起こったことに規定されてると見る態度を完全に手放すこと、

たとえば、こんな経歴をかかえた、こんなことをしてしまった私、こんな育てられ方をしてこんな性格になってしまったは、ちょっとやそっとのことでは癒されない、幸せにならないという思い込みだとか、

もっと短いタイムスパンでいえば、こんなことがあったので、今日は1日台無しだ!」といった類の思い込みの手放しにも通じます。

またそれは、全てを刷新する「聖なる瞬間」のパワーにどこまで信を置けるかってことでもあります。



また、「今」というのは、「こんなんじゃまだダメだ」「まだ改善の余地がある」と、ジャッジし、否定し、後にする対象で、
より良き未来、いつか来る幸せのために、努力するための懲罰の時なんだという思い込みも、手放す必要、あります。

この発想法も、思いの外、根強いです。

この発想は、エゴの欠けたところばかり見えるメガネをかけている限り、免れない、
あるいは、特定の「形」の中に幸せを求めようとする限り、免れられないって言えるかもしれません。



とはいえ、どんなときも、「今」、この瞬間の、問題だらけ、不完全で、しょぼくれてみえる、ありのままのこの状況の中に、
「形」にならない聖性の光、平安、静けさ、幸せを感じる力さえ取り戻すことができれば、
この発想法から脱却することができます。

「今、ここ」にだけは、いれないという、抵抗が癒やされていくからです。

目に見えないものの中に、幸福や愛の兆しをみて、そこにくつろぐ。
混沌とした状況の中にさえ、形を超えたこの兆しを見て、くつろぐ。

どんな人を前にしても、そこに自分と、その人と、全ての人に浸透しているいつも同じ聖性の光を見て、安らぐ。
初対面の人に会うたびに、その人の中にも、それを見て、なつかしさに満たされる。



どこにいても、何をしていても、誰とともにいても、同じものが見えて、
その同じものの中に、くつろげる。

そこに完成がある。そんな発想の転換も、必要になってくるかもしれません。

おすすめワーク****

これから2週間、私自身も含め、ぜひ、目標にしたいと思うのは、

縦の原因ー結果と、横の原因ー結果をすっきり区別して、ごちゃ混ぜにする癖を手放し、

それぞれを適材適所で使い分けられるようになることです。

つまり、幸せに関しては、縦の原因ー結果に全託するってことですね!

そのためには、知らず知らずのうちにやっている、縦と横の原因ー結果の混同を自覚するのが、まず大事。

いくつか、アプローチ方法、あると思います。その切り口を、いくらか、挙げさせていただきますね。

1、横の原因ー結果、つまり人生のストーリーのタイムラインの中に形として見えることで、

「そこに私の幸せがかかってる!」と思っていること、ありませんか?

心の動揺がある限り、まだ、何か握りしめているものが、あるはずです。

そこにかけていた期待が裏切られたからこそ、動揺しているわけですから。

そこから、少しずつ、心理的な投資(思い入れ)を抜いて、

実用的で、淡々とした態度でのぞめるようにするように、癒していきましょう。

(それをやめる必要はないです。ただ、「そこに自分の幸せがかかってる」感じ、心理的投資を抜いていくだけで、まずは十分)。

では、どんなふうに、心理的な投資を抜いていくか?

やっぱり、ゆるし。縦の原因ー結果と合流することですね。

まずは、「どうしてもこれは、成功させたい!」「これだけは実現させたい!」という思いの中にある

恐れや不安、「さもなければ、私は無価値」という思いを、

過去から引きずっているすべてのもの、たとえば、人生のタイムライン上のストーリーをすべて忘れて、今直接体験されるままに感じてあげてください。

横のタイムラインの中での幸せ探しには、必ず、こうした分離感が隠れています。つまり、みんな癒す必要があるわけですね。

癒されると、自然に、心理的投資も抜けて、気楽な感じが広がっていきます。

一番痛いところに触れるように、奥の奥まで感じてあげてください。

とはいえ、一切のジャッジ抜きに、無条件の愛でやさしく。

これをなんとかしなければ、除去しなければ、癒さなければ・・・という思いも捨てて、

それがそこにあるのを完全にゆるしながら。

そのまま「まな板の上の鯉」のように自分をさらして、今、この瞬間に、じっとしてみてください。

そうすると、自然に癒しの力と合流して、楽になっていくのを感じられると思います。

恐れが安らぎに置き換えられて、自然に心理的投資が減って、まるで「ごっこ遊び」でもをしているような、気楽な感じが広がっていくにに気づかれるかもしれません!

それまでは、手に汗握るようなおそろしさとともに、「これだけは成功させたい!」「実現させたい!」と思いつめて、結果志向に頑張ってきたことが、

今は、リラックスしながら、その一瞬一瞬のプロセスを、縦の原因とつながって楽しみながらやることができるのに、気づかれるかもしれません。

あまりにも、プロセスが楽しめたので、結果は、もうどうでもいいわ・・・みたいな気持ちにまでなるかもしれません(笑)。

横のタイムラインには、実用的な見地から、淡々と、思い入れ抜きで関わるようにするといいって、ビデオでもお話ししましたが、

それは、その一瞬一瞬を、縦の原因ー結果で満たして、思いっきり楽しむってことでも、あるわけです。

結果志向の生き方から、プロセス志向の生き方へ転換するとでもいいましょうか?

2、とはいえ、結果も実用的見地からは大事。横の原因ー結果、人生のタイムラインにすっきり方向性を持たせていくのも大事。

縦と横のバランスをとりたいという方も多いかもしれません。

私が重宝しているのは、タイマーとメモです。今日、やることを、メモしますよね。やることリストですが、一切思い入れ抜き(もしあったらゆるします)。

その上で、今やることは何か、はっきりさせて(例えば今の私の場合、この文章を書くこと)、それだけに集中して、ほかの何もかも、未来に関わることも忘れて大丈夫なように、次の仕事、用事が始まる時間をタイマーでセットするんですね。

たとえば、~時に人と会わなきゃいけないのだったらその10分前にタイマーをセットする。

そうすると、安心して、今やってることだけに100%集中できます。

そうすると、縦の原因ー結果とつながりやすい状況が生まれ、知覚がどんどん変化して、仕事が楽しくなったり、インスピレーションがきやすい状態が生まれます。

3、前回のテーマとも重なりますが、まだ、幸せになるため(癒されるため、救われるため)に、「~でなければならない」「~しなければならない」と、横の原因ー結果のタイムラインの中に、形として見えることが必要だって思って、それを握りしめていないか、チェックしてみてください。

幸せになるためには、なんらかの犠牲を払わなければならないって思っているところ、ないですか?

これも縦の時間と横の時間の混同の一種ですよね!

幸せになるために、私たちがしなければならないことがあるとすれば、今、この瞬間のありのままの状態、

時間を縦にわぎりにした断面図そのまま、そのみっともなさ(笑)のままで止まって、

縦の原因ー結果の流れと合流して、心の訂正を受け入れ、癒されることだけです。

4、幸せ(癒し)にまつわる「つかみ癖」を、この機に、手放しましょう。

自分より癒されているように見える人の体験談を聞いて、「私も同じような体験をしなければならない」と思ったり、

自分自身が過去に体験したすばらしい一瞬(一瞥的な神秘体験、特別うまく行った瞑想など)の時に起こったことを、「あれをもう一度」と思って、

今この瞬間のあなたの体験のありのままを、ジャッジし続けたりしていないでしょうか?

そうすると縦の原因の癒しの力と繋がりにくくなります。

縦の癒しの力とつながる体験は、いつも、いつも、新しく、それがどんなふうに、今のあなたに知覚されるか、どんな形で奇跡が起こるかは全く未知数であることを、受け入れましょう。

何か特定のものや体験をつかみたい、所有したいと思っている私は、いつも、欠如感をそれで埋め、防衛に使おうとしているエゴだってことを、認めましょう。

といってもやることはシンプル。そうした特定の体験をつかみたいと思う動機、

今この瞬間の、ありのままの私では、物足りない感じ、まだまだな感じを、じっと味わいながら、そこで止まって、

縦の原因の癒しの力に明け渡していくだけです。

5、ビデオでもお話ししていますが、身体を、振動するエネルギー体として感じながら、普段生活するというのを、試してみてください。

今、この瞬間にいる力が増して、雑念が消えて、縦の癒しの力と繋がりやすくなっているのに、気づかれるかもしれません。

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