2023年9月に始まって今も続いているヘレンのノート版ACIM読書会の内容のあらましで、会の前後にみなさんにメールした予告編や、学習内容を定着するワークを、ご紹介しています。
会そのもののビデオは、今も、1本1000円、5本以上そろっての購入だと1本500円でシェアしています。
もしビデオを観られることにもご興味ある方がいらしたら、堀田真紀子(mhorita*gmail.com *に@を入れてください)まで、ご連絡ください。
ヘレンのノート版ACIM読書会 これまでのタイトルの全て一覧できる目次のページはこちらにお入りください。
今回使用したテキスト****
テキストは、ヘレンのノートをもとにした、ロバート・ペリー編纂のCOA(Circle of Atonement)版のテキスト(「紫の本」と呼んでます)の巻末の3章8節 セラピーの不可欠なゴール を扱ってます。
私がざっくり訳した日本語訳は、ここをクリックすると出てきます。
この節は、「知覚を超えて」と、「裁きと権威の問題」の節の間に、挟まれていますが、
翻訳もされているFIP版こと青の本では、削除されています。
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また、このエッセイで書かれているテーマの参考箇所として
マニュアル編の「精神療法」の中のⅦ節 患者とセラピストとの理想的な関係
が挙げられるかなと思ってます。これも扱えたらと思ってます。
予告編****
ヘレンのノートにはあったのに、翻訳もされているFIP版(青の本)ではカットされている箇所は、
ビルやヘレンの個人的な問題に触れているところが、結構あります。
個人的な問題であり、一般読者には関係ないから・・・と判断されたせいだと思うのですが、
そのおかげで、具体例が描かれている部分がみんなカットされてしまって、
青の本には、抽象的な話ばかりが続くことになってしまいました。
実際には、ヘレンやビルが当時抱えていた問題に対するアドヴァイスの形で、
コースの内容の多くが、語られています。
だから、2人が当時、どんなことに取り組んでいたのか、
もちろん正確に知るのは難しいし、できないことも多いのですが、
大まかにでも知ることで、
テキストの内容を、自分の身に準えてみたり、
そういうところ、私にもあるかも・・・・って思い至ったり、
自分も人生に応用しやす具体的な形で、学ぶことができる気がしてます。
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今回取り上げたいところも、まさにそう言った箇所の一つです。
「セラピーの不可欠なゴール」と言うこのタイトルの通り、表向きはセラピーについての話です。
ビルもヘレンも心理学者で、セラピストでもあったので、
セラピーのやり方、2人の専門だったフロイトは力動心理学のセラピーのやり方について、イエスが語り始めたことは、自然なことですよね。
そこにみられる力関係とか、親子関係のヒストリーに依拠しがちなことが、批判されていきます。
そんな風にいうと、私は心理学者でもセラピストでもないから・・・と尻込みしたくなる気持ちも出てくるかもしれませんが、
イエス自身、セラピストと患者という言葉を、教師と生徒と言い換えたりしながら、
これは教育の場でもあてはまることを、ほのめかしているし、
さらに「セラピーは、奇跡を行う他の営みと、全く変わらない」って言ってます。
2人にとって身近なセラピーや教育を通して、奇跡について語ってるってみてもいいと思います!
しかも、これは私の印象ですが、このテキストと、ほぼ同時期に書かれた、テキスト3章の後半~4章前半で語られてる
知覚と知識
セルフイメージ
裁きと権威
教師と生徒・・・
といったテーマが、ここでは、セラピストと患者や、親と子関係という具体例によって、わかりやすく語られてる、貴重な箇所でもあるんですね!
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特に、私たちは親の子育ての犠牲者ではない
全ては私たち自身の選択の結果なんだって、キッパリと言い放たれるところなど、圧巻です。
これを機に、横の時間、タイムライン上に見える「知覚」に力を与えて、
お決まりのストーリーを延々と繰り返すのはもうおしまい。
今この瞬間の新しさにピタッと照準を合わせて、
そこから縦に流れ込んでくる、奇跡の癒しの力に全開になって、
そこにみなぎる「知識」を再認識する大冒険をはじめてみましょう。
おすすめワーク****
1、セルフイメージの手放し
心が少しでも動揺するたびに、そこに、セルフイメージが絡んでいないか、自問自答してみましょう。
たとえば、人の目に自分がどう映ってるかが、気になり出したり、
自分はもっとこうあるべきなのに、まだまだそうなれていない感覚、
そのことで人に責められているような感覚、
すでにそうなれているように見える人と人と自分を比較して、
プライドが傷ついたり、競争心があおられらような感覚・・・・
そのたびに、私はイメージではなかった、どんなイメージである必要もないんだ・・・って思い出して見られるのもいいかもしれません。また、
神は私たちを、ご自身の形、イメージに似せて創造されたのではなく、
ご自身と同じ「質」を持たせて、創造された
というテキストの言葉を思い出して、
温泉ワークしたり、聖霊、イエスと合流しながら、
その安らかでやさしい、愛に満ちた「質」の中に浸って、安らぐひと時を持ちましょう。
心の動揺はそこに浸し、ゆだねて、養生させてあげてください(笑)!
この質感さえ感じ続け、その中で、それが自然に延長するようにしているだけでいいんだ。
特定の「こうあるべき」イメージになろうとする必要もなければ、
そのイメージを維持しようと努力する必要もないんだ。
つまり、自分は自由なんだってことを確かめてください。
2、より良い知覚者になる~知覚の「フィルム」に光を通し、透明化させるための練習
これには、ビデオの中程にある
「広がり」としての本当の私に至る実験瞑想(52:15から始まります。YouTubeの解説の中に、タイムスタンプがつけてあるので、よかったら使ってください)
おすすめです。
感覚がつかめたら、普段の生活の中でも、応用してみてください。
たとえば、何かを感じるたびに、
「私」が、「~を」感じている・・・
ではなく(そうすると、分離のプログラムに沿った、個人的な反応をしがちです)、
ただ、本当の私の「広がり」の中に、
~の感じがあるな・・・
と、空に浮かぶ雲を見上げるように非個人的に眺める習慣がつくと、ゆるしもさくさく進んで、重宝するかもしれません!
不快な感じがそこに浮かんでいても、それを無理に癒そう、消そうとはせずに、
「広がり」としての本当の自分の質感をただ楽しむ
あるいは、その「感じ」を赤ちゃん視点で見るのを楽しむ
というところにフォーカスされると、いいと思います。
