ヘレンのノート版ACIM読書会

ヘレンのノート版ACIM読書会 28回目 神の子としての私たちの完璧さに制限をかけるあらゆる思いを吹き飛ばす

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2023年9月に始まって今も続いているヘレンのノート版ACIM読書会の内容のあらましで、会の前後にみなさんにメールした予告編や、学習内容を定着するワークを、ご紹介しています。

会そのもののビデオは、今も、1本1000円、5本以上そろっての購入だと1本500円でシェアしています。

もしビデオを観られることにもご興味ある方がいらしたら、堀田真紀子(mhorita*gmail.com *に@を入れてください)まで、ご連絡ください。

ヘレンのノート版ACIM読書会 これまでのタイトルの全て一覧できる目次のページはこちらからお入りください。

今回扱ったテキスト***

紫の本 第二章 正しい防衛と恐れからの解放、第3節 否認の適切な使用。

ここをクリックすると、私の試訳が出てきます。その該当箇所を参考してください。

青の本にもある、参考になる箇所として、2章1節~2節3段落目あたりまで

予告編****

また否認denialのテーマに戻りますが、
今回扱うのは、心を蘇らせるポジティブな否認です!

これまで扱ってきた否認は、私たちが自分の本性を拒絶して分離した結果、
分離のメガネ越しに自分が作り出した現実が、あまりに耐え難いので、
それに対してNO!をつきつけて、
途中で投げ出したり、自己破滅的に振る舞ったりするものでした。

たとえば、人間関係や仕事を、自分の欠如感を埋める切り札として使おうとすればするほど、本当にそれができるのか確かめるのが辛すぎて、

ここぞ勝負となると、尻込みしてしまうという具合にです。

それに対して、今回扱うのは、同じ「否認」でも、

私たちが自分の本性を拒絶して分離した、
そのこと自体をキャンセル・アウトして取り消すための否認。
分離のメガネを、ポロッと外して、
知覚する現実の全体を変容させて、
全てを真新しく捉え直すための否認です。

現実逃避のためのNOではなく、
現実を超越し、再生を促すためのNOです!

風船モデルで言えば、「えいやっ」と瘤の縮みを外す気合いの一言のNO!です。

その一言と共に、これ以上縮み続けるあらゆる思い癖、気弱さ、痛みの中に居座る癖などなど一切合切を、一挙にパッと手放します。

と同時に、膨らみ続ける風船の力と合流して、
創造の連鎖、愛の延長の流れに乗ることができます。

今回の読書会のゴールは、この否認ができるようになることですね!



これが正確にできるようになるために、
身体を流れるエネルギーや、
そのエネルギーの流れをコントロールするために、
意志力を最大限に駆使できればって、思ってます。

このシェアは、一緒に居合わせていた方がいいので、この文面ではできないのですが、

神の子としての私たちの完璧さに制限をかけるあらゆる信念、思考を
気合いで寒さを吹っ飛ばすように、
えいっと一気に否定する、
シンプルだけどパワフルなワークをご用意しています!

前回の定例会に参加してくださった方にモニターしてもらったワークです。
ついでに言えば、風邪の予防にもなるワークです。私はこれを厳寒の北海道の野外で、去年の冬を通して、朝夕、毎日やり続けましたが、風邪知らずで過ごせました(笑)。



身体や意志力を使うというと、「それってエゴの領域のことではないの?」って思われる方もいらっしゃるかもしれません。

テキストでも語られているように、身体そのものは、中立的、エゴのためにも、スピリットのためにも使えるって思ってます。

「心が肉体を通して進み、肉体を制限して解釈することさえしなければ、

心は肉体を通して顕現することができる」(青の本テキスト8章7節14段落目)とあるように、

身体を、本当の私たちの無限の広がりに制限をかける監獄のような、閉じたモノとして見るのをやめて、
それを通して、本当の私たちの「心」の無限の広がりが流れ、現れ、表現される、開かれた「管」のように見て、

その上で、私たちは、この「管」ではない。
この「管」を流れる心、エネルギーのうねりなんだって、思えばいいわけです。
このエネルギーの流れに、全身を明け渡してしまいましょう!

意志力って、この流れを招き入れるためにも、使えるのですよ。



「私は身体ではない」ことの確認、身体との同一化を外すって、とても大切ですよね。

ただこのティーチングを、「だから、身体はどうでもいい」と、身体を無視するように生きていくのではなく、

「管」として開かれた身体に流れるエネルギー、生命の流れの奥に、私たちが共有するスピリットがあり、本当の私たちの広大さがあるって見て、
ただこの「流れ」だけにフォーカスすることで、
閉じたモノとして身体を捉える知覚を分解していく・・・・
つまり、「身体を通して身体を越える」ように生きていく選択肢もあると思うのです。

そうすると、何より、元気になります!

たとえば、毎朝、毎晩、外で体操してるというと、ずいぶん身体を大切にしている(身体と同一化している)ように聞こえますが、 
身体を通して身体を越える試みをしているって思ってます。

その結果、寒さも感じなくなってきてますから!


*予習していただける方に

紫の本をこれまで読んできましたが、だんだん、青の本の内容と、文章が重なってきてます。

青い本、2章の1節から、2節目の3段落あたりまで読んでくださったら、前回から今回にかけて扱った内容とほぼ同じですね(青い本では、denial は「否認」ではなく、「否定」と訳してあります)。よかったらこのあたり、読まれておいてください。

内容的には、4章の4節目「こうである必要はない」にもつながるので、読んでくださると、参考になるかもしれません。



先ほど述べたように、身体は「管」本当の私はそこをうねり、流れるエネルギーと感じるにつれ、2章でこれまで見てきた「所有」の態度は、この「管」の詰まりだったんだなってこと、見えてきます。

このことに関して、今回扱う節に、ちょっと面白い言葉ががあります。

もしもあなたが恐れるならば、あなたは間違ったものに価値を置いていることになる。(2章3節1段落目)

本当の私たちが、無限性をもつものだったら、無限のものだけに価値をおき、
それを「宝」(これもこの節の中で使われている言葉)とし、
それを信じ、それを所有しようとし、それと同一化することで、満足できるし、安らげるはずですよね。

それを、有限のものに対してしてしまうところに、悲劇の元があるっていえるわけですよね。


このことに関して、読書会中にワークができたらって思ってます。
これも、ちょっと内容が抽象的になるので、時間に余裕がある方、以下のステップ、できるところまで進めてくださると、ありがたいです。

ステップ1 自分にとって一番怖いと思われることは何か? 思いつくことを挙げてみてください。

ステップ2 それが怖いのは、何に価値を置いているからなのでしょうか? 

あるいは、何を失うのが怖いからでしょうか? 

つまり、自分が、何を所有しようとしたり、信じようとしたり、それと同一化して、そこに自分の価値や、自分が自分だってことがかかってるって思っていて、
それを失うことで、そのことが危険にさらされるのが怖いからでしょうか?

自問自答してみて、気づいたことをメモしてみてください。

人やモノに関する喪失のおそれの方が、何を喪失することを恐れているかがはっきりして、わかりやすいかもしれません。

でもそこをもっと深くみると、その人や、そのもの、状況を所有することで、安定を保ってる「私」を、失うのが怖い
たとえばその人との別れ その人との関係でできてた「私」が壊れるの怖い

というのが見えてくるかもしれません。

失敗や不慮の事故などが怖いときは、こうであって欲しい「私」を失う。
セルフイメージ、自己概念を失うというのが、最初からもっと剥き出しになってきますが、
いずれにしろ、「私」にまつわるイメージ、概念を損ないたくないという思いが、見つかるのではないでしょうか?

ステップ3 そんなふうに、失われることがある「私」にまつわるイメージ、概念って、本当の私だろうか? 自問自答してみてください。

ステップ4  そんな私を失う恐れをありのままに感じながら、それを助け手に委ねて、癒していきましょう。

すると自然に、本当の私の無限の広がりがそこに残ると思います。

必要を感じたら、あなたの助け手に、本当の私がどんなものなのか、教えてください、感じさせてくださいと頼んでみましょう。

今回の第28回目は、紫の本のテキスト本文2章3節の1段落目から7段落目(試訳はここの15~18ページを開いてください。紫がテキスト本文、緑は注です。堀田注と特に書いていない注は、紫の本の編者ロバート・ペリーさんによるものです。聖書をふまえた言い回しがあるところは、関連箇所そのまま引いてあります)に触れながら、お話しさせていただいています。

おすすめワーク****

これから年末年始にかけて、家族と過ごす時間も多くなり、ゆるしの機会もふんだんにあるかもしれません。

みなさん、ご存知かと思いますが、家族関係のゆるしは、一番難しい、でも、一番深いですよね~

どんな小さなものも含め、心の動揺見逃さずに丁寧に癒していけば、

「里帰りリトリート」と私、呼んでいるのですが、

そのまま、かなり効果の高い、しかもタダのコース学習のリトリートになるって思ってます。

比べる

ゆるしは、状況ごとに、臨機応変。いろんな形をとると思うのですが、

今回の内容と関連させて、ゆるしたときと、ゆるさなかった時の体験の質を「比べる」ということを意識しながら、やってみてください。

具体的に言えば、ゆるして、落ち着いた後、想像の中で、もしゆるさなかったとしたら、今頃どんな感じかな? って感じて見るんですね。 

同じ心の動揺も、ゆるさないで、いつものパターン、お馴染みのストーリー展開の中で、安心しよう、気が済む状態になろうとする時と、

今この瞬間、立ち止まって、聖霊、イエス、助け手と合流して、内側から湧き出る癒しの力に心を開くことで得られる安心ですね、

何度かお見せしているこの図でいうと、これを横に進むか、縦の力を受け入れるか。

両者を比べることで、この二つの感じの質の違いを、身体に覚えこませちゃうんですね。

縦の力を受け入れた時の楽~な感じを身体が覚えてしまうと、

いつものパターンのストーリーにはまり込む引力を感じても、「そっちに行ってもいいけれど、何だか、めんどうくさいな!」

と立ち止まる癖がつくかもしれません!

この「めんどくさいことは、できれば避けたい」感じがまた、アイデンティティの引越しを加速化してくれるかもしれません。

*身体にグッと力を入れて解き放ち、実相のエネルギーに入れかえるワーク

ビデオ後半部でご紹介したワークですね。これもおすすめです。

神の子としての私たちの完璧さに制限をかけるあらゆる信念、思考を

気合いで寒さを吹っ飛ばすように、

えいっと一気に解き放つことができます。

決断の甘さから、なかなか同じパターンを繰り返すのがやめられない時など、聞くかもしれません。

1、目を閉じて、自分の体験をスキャン これ手放したいなという思いや身体感覚などを決める

2、軽く温泉ワークをして、広がる安らぎの中に、助け手のプレゼンスを感じる。

3、実相のやすらぎ、しずけさ、あたらしさ、膨張感で、周りの空気が満ちてきたのを感じる。

3、深く息を吸って、全身に力を入れます。

その力を入れた塊に、手放したい全ての想い、身体感覚などすべて詰め込んで、大袈裟に感じてください。

そこにある苦しみを、深く感じてください。

私は今、こうした思いに縛られた身体です。

でもこれを絶対に手放します。どうぞ力を貸してください・・・って祈ってもいいと思います。

身体がブルブル震えて、振動体になるのも感じます。

4、一気にハーッと息を吐きながら、それと一緒に、全て手放します。空っぽになるまで、吐ききります。全て、助け手に委ねる感じです。

5、空っぽになったところに、周りの実相のエネルギーが入り込んでくるのを感じてください。

ここで時間をとって、やすらぎが身体に満ちてきて、境界線が消えて、周りの空間と溶け合う感じ、感じるのも、ポイントです。

力を入れた時に、そこにある苦しみをできるだけ深く感じて、絶対に手放すって強い意志で決断するのもポイントだって思ってます。

機械的に、力を入れたり抜くだけだと、それほど効果はありません。

力を入れた時には、固く決意する。抜いた後のやすらぎも、じっくり堪能する・・・そうして、本当の効果を発揮します。

身体のエネルギーが実相のやすらぎに入れ替わったなって感じがするまで、ゆっくり、繰り返してみてください。

私はこれを、瞑想の前の準備運動のようにやっています。すると、瞑想に深く入れます。

*応用編・とくに不調な身体部分に力をいれる

このワーク、肩こりなど、不定愁訴的な慢性的な症状にも、効くことがあります。

その場合は、とくに不調を感じる部分に、

そこにある不調(固まった感じ、緊張した感じなど)に注意深く寄り添って、それを、ちょっと大袈裟に模倣するように、力を入れるといいみたいです。

ただ、痛みなどある場合は、無理しないで、やさしく、力を入れるといいみたいです。

力を入れながら、そこにある感じに、じっと聞き耳をたてるように、注意するのがポイントです。

それを何度か繰り返していると、感情や記憶が出てくることがあります。

その症状として投影されていた、その奥に潜む分離感が表に浮上してくるんですね。

そうするとしめたもの。できるだけそうしたもの、出し切ってから、解き放つってこと、されるといいと思います!

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