ヘレンのノート版ACIM読書会

ヘレンのノート版ACIM読書会 15回目 原因レベルを整えれば、結果は自ずとついてくる

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2023年9月に始まって今も続いているヘレンのノート版ACIM読書会の内容のあらましで、会の前後にみなさんにメールした予告編や、学習内容を定着するワークを、ご紹介しています。

会そのもののビデオは、今も、1本1000円、5本以上そろっての購入だと1本500円でシェアしています。

もしビデオを観られることにもご興味ある方がいらしたら、堀田真紀子(mhorita*gmail.com *に@を入れてください)まで、ご連絡ください。

ヘレンのノート版ACIM読書会 これまでのタイトルの全て一覧できる目次のページはこちらからお入りください。

*今回使用したテキスト****

今回の第15回目は、紫の本の テキスト本文1章、奇跡の原理13、23の1段落目、29、30、31(青の本でもだいたい同じ番号)、46の13段落目(青の本にはない)、を中心に扱いながらお話しさせていただいています。

テキストは、ここをクリックして、出てきた文書の該当箇所をみてください。

*予告編****

コースを学習して、何がよかったかって尋ねられると、

いろいろ言えると思うのですが、今の私の脳裏にまずひらめくのは、

無駄なことを一切しない、スマートな生き方が身につく!

ってことですね。現金ですが(笑)

精神病院の重篤患者の病棟などにいくと、

それぞれ、いろんなことをぶつぶつ言ったり、叫んだりしている人がいるかもしれません。

ただその一人一人に向かって、「あなたは間違ってる」「そんなこと言わず、こうすべきだ」などと、諭してもきりがないし、仕方がないですよね。

病気を癒すってことに、専念してもらう必要があります。

この世界という巨大な「病院」でも同じことが言えると思います。どう見ても、狂ってる人たちばかりが見える。

でもこちらの「病院」だと、私たち、一人一人を「ただそう」としがちです。

でも、これも、そんなことをしても無駄。コースのティーチングによるとそうなりますよね。

やっぱり病気を癒すことに、専念する必要がある。といっても、この場合、病気なのは、眼に見える人たちではなくて、私たち自身なわけですが(笑)・・・これはバッドニュース。

ただ、この場合の病気はいつも同じ「分離」の病で、

この病に関しては、私たちの中に、凄腕の専門医がいるという、グッドニュースもついてきます。

何が見えても、「世界は狂ってて当たり前、だって病院だもの・・・」と居直りながらも、

でもさっきの一言は傷ついたぞ、この状況は耐え難いぞ」と、その時感じた心の動揺だけを、

ただ、聖霊に、心の助け手にゆだねるというのを、倦まず弛まず繰り返す。

そうすると勝手に、狂って見えた世界の知覚が、だんだん穏やかで、愛に溢れたものに、少しずつでも変貌していきます。

ゆるしですね。

そんな経験を重ねるにつれ、

分離した心を癒すという根本治療を行わず、

分離したまま、分離が見せる現実を、自力で何とかしようともがくのは、とても効率が悪いってことに気づきます。

問題ばかり見せるサングラスをかけたまま、一生懸命問題解決しても、問題は見え続ける。

レベルの混同は、もうやりたくないな・・・って思いますね。

無駄なことを一切しない、スマートな生き方が始まります。

ただ、このレベルの混同のテーマは、これまでも再三再試扱ってきましたので、

今回はそのもっと微妙なバージョン、上級編のレベルの混同の廃止についてお話しできたらなって思ってます。

*おすすめワーク***


「まず最初に、神の国と神の義を求めよ。そうすれば、他の全てはつけ加えるであろう」という聖書の言葉は、本当だった。原因レベルを整えれば、結果も自ずと整う。これから2週間の間で、それを本当に実感していただければ、最高ですね。

原因レベル、結果レベルと言ってもただ、抽象的な理解にとどまっていてはもったいないです。

ビデオではできなかったのですが、リアルタイムのオンラインの会では、みんなでギャラリービューにして、いろんなところにいるさまざまな人たちの顔が見えるのを確認してから、目を瞑って、温泉ワーク、瞑想をはじめて、そこにはたった一つの光、たった一つにまとまった、安らぎ、静けさ、愛しか感じられないことを、確認してもらうってことやりました。そこでまた目を開けると、また、各地にいるさまざまな人の顔が見える。

この「たった一つの光」しかないって思えるところは、原因レベル、目を開いたときに見えるさまざまな顔が結果レベルにあります。

ビデオ視聴だけの方も、ぜひ、身近な人と一緒にいるときに、このワークやってみてください。

この二つの見方のうち、
「たった一つの光」しか見えない、この感じの方がリアル!
目を開けても、この感じを大切にして、その中にいつもいよう。

それをはじめたとき、原因レベルにいることができるんですね。

そうすれば、その人との関係、おのずと整っていきます!

実際、リアルタイムのオンラインの会で、このワークをやって、
しばらく目を瞑って「たった一つの光」たっぷり感じてから、
目を開いて、さまざまな顔を見たとき、
全ての顔が愛おしく、やさしく感じられること、みんなで確認することができました。

たとえ、その人との間で、いろんなことがあって、一瞬、投影がでてきて、その人のことが悩みの種になったときも、
この人とも、父の腕の中で一緒に安らぐ兄妹だったな・・・って思い出して、
簡単にゆるせるようになるでしょう。

「原因レベルさえ整えて、そこにいれば、結果は自ずと整う」というのを身近で体験できる一つのやり方ですね。

他にもいろいろな方法があると思います。

話をきいて、自分に思い当たるふしがある「レベルの混同」があったら、
それをやめて、それをやりたくなるたびに、ただ温泉ワークや瞑想・祈りなどをして、
しばらく原因レベルにいるってこと、
ぜひ、試してみてください!
そして何が起こるか、見届けてください。

体験談、シェアしていただけると、うれしいです。



あとは、「つかめないけれど、内から満ちてくるもの」に敏感になるってことも、やってみましょう!

そうしたものを感じるための知覚器官、これまで「つかんで」ばかりいたせいで、すっかり萎縮してしまっているかもしれません。でも、積極的に使い始めると、再び、生き生きと活動し始めると思います。

そのためにも「3点を意識」しながら生活されること、おすすめします。

特に、実相を感じているときに、3点を意識されると、効果的です。

ワークブックレッスンの祈り、瞑想、温泉ワークなどを通して、実相が感じられてきたかな・・・と思ったところで、3点を意識しながら、そこにあるものを余すことなく味わうってこと、やってみましょう。

そして、満ち足りて、もう何もつかみたいとも、思わなくなった自分を再発見してみてください。



あとは、ビデオでも言いましたが、この会で私がおすすめしていることで、
たとえできないものが見つかっても、
「今はできないけれど、いつかできるようになるぞ」とないものを求める、欠如を満たす連鎖に入ったり、
「できない自分はダメなんだ」といった自責、自己懲罰の連鎖に入る必要は全然ありません。

そうなりそうになったら、
ちょっとビデオで言われていたのとは違うかもしれないし、ほんの微かにしか感じられないけれど、自分がそこで感じたことに賭けて、そこにフォーカスしてみたり、

エゴは真面目に取る必要はなかった・・・とユーモアでかわしたり、

それができなくても、「いいゆるしの機会をもらった」って考えて、
そのときに感じた気持ち(欠如感、自責の念も含めて)をありのままに感じて、
温泉に浸す、心の助け手にゆだねるってこと、やってみましょう。

ゆるしは、最後の手段であると同時に、最強の手段でもあります。
正直に、ありのままの思いを、防衛をはずした無防備なところで感じると、
子供っぽく泣き叫びたくなったりして、「後退」してるように見えます。

そういった思い、分離感を上手に封じ込んで、隠して、平気なふりをしながら、
それを自己流に解決し、補うために、レベルを混同しながらせっせと自己流救済計画にいそしんでいる人の方が、ずっと「大人」で、先をいっているように一見、見えます。

でもそうではないんですね! 癒しに関して、本当の自分を受け入れること、原因レベルを整えることに関しては、ずっと先に行けます!

まさに、「後退しているようにみえて、前進する」ことだって、わかります。

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