ヘレンのノート版ACIM読書会

ヘレンのノート版ACIM読書会11回目 何もしなくても、満ち足りた感じを、人間関係の基本に置く

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2023年9月に始まって今も続いているヘレンのノート版ACIM読書会の内容のあらましで、会の前後にみなさんにメールした予告編や、学習内容を定着するワークを、ご紹介しています。

会そのもののビデオは、今も、1本1000円、5本以上そろっての購入だと1本500円でシェアしています。

もしビデオを観られることにもご興味ある方がいらしたら、堀田真紀子(mhorita*gmail.com *に@を入れてください)まで、ご連絡ください。

ヘレンのノート版ACIM読書会 これまでのタイトルの全て一覧できる目次のページはこちらからお入りください。

*今回使用したテキスト****

今回の第11回目は、紫の本の Cameo Essay 11と、テキスト本文1章、奇跡の原理48(青の本でも48)の13段落目以降、

30(青の本では29、30)、31(青の本でも31)、32(青の本でも32)、17(青の本でも17)など中心に扱いながらお話しさせていただいています。

テキストは、ここをクリックして、出てきた文書の該当箇所をみてください。

*予告編****

コースのテーマの根幹をなすテーマ、イエスが一貫として言い続けてることとして、レベルの混同をやめさせようっていうのが、あると思うんです。

レベルの混同というのは、分離に発する問題を、
分離を癒す、風船の瘤を緩める、分離の信念のメガネを外すという形で解決しないで、
分離の信念のメガネが映し出しているの中に見えるものを操作することで解決しようとするってことです。
当然、空振りになりますよね。

何でも真っ赤に見えるサングラスをかけたまま、見えるものが赤いのは嫌なので、すべて青く塗ろうと、塗り続けているようなものです。

根本解決にはならない。それだけならまだしも、
そうやって動くたびに、分離の信念のメガネが見せてる幻想を真に受けて
そこに信を置いてエネルギーを与えてしまうので、分離の信念がますます強まって、メガネがもっと分厚くなってしまう。
問題解決しようとすればするほど、ますます問題が見えてくる悪循環のことです。

問題解決の努力はやっぱり、正しいレベルでやりたいです。
だいいち、レベルの混同をしないと、「愛の不在には、愛を注ぐだけでいい」というふうに、
ソリューションはいつもとてもシンプルですよね。



レベルの混同が、人間関係を舞台に繰り広げられると、
人と人がつながるレベルを、「身体単位の私」同士のレベルに設定するという形をとります。

その「身体単位の私」は、もちろん、分離の視点、エゴが作ってるものなので、
このレベルでつながろうとするたびに、「身体単位の私」の方がリアルになってしまい、
逆に、分離が強化されます。
つながろうと、努力すればするほど、逆に心の溝が深まっていくという悪循環に陥ってしまいます。

のちにテキストで、「特別の関係」の問題として取り扱われることになるものです。
この「特別の関係」は、性的関係に極まるところ、あると思いますが、
性的関係あるなしにかかわらず、私たち一般的にやってることですよね。
人間関係の苦しみの大元になってます。
この機に、「特別の関係」入門をやって、今から少しずつ理解と実践、すすめられたらと思います。

しかしどうして、コーステキストの初っ端、奇跡の原理の中に、セックスについて、人間関係におけるレベルの混同について、口酸っぱく警告されているのでしょう?

奇跡には、関係者の心が一つにつながるってことが、いつも伴います。
逆に言えば、私たちが誰かとつながろうとする時に、レベルの混同を一切行わないと、
奇跡体験がそこに必ずある。

ということは、「人とつながりたい」って思いそのものはどんなものでも、
いつだって、奇跡の引き金を引く可能性がある、
奇跡への衝動だってことです。

人間関係を救済の道として使うというコースの真骨頂も、そこからはじまります。

ただ、「人とつながりたい」というこの衝動を感じたその瞬間、
ほとんどの人は、そこにレベルの混同をしてしまい
「身体単位の私」同士でつながるんだって思って、
「人にどう思われているかが気になる」などなど、身体にまつわるコンプレックスや罪悪感が出てきたり、性的衝動に身を任せることになってしまいます。
そうこうするうちに、奇跡衝動は、歪曲され、変質をこうむり、跡形もなくなってしまうのです。

つまりイエスとしては、私たちが抱く「人とつながりたい」という奇跡衝動が、
毎回、レベルの混同の回路に流れて、浪費されていくのを何とか止めないと話が始まらない!
人間関係を救済として使うところまで、行けない!
というのがあったのだと思います。

テキストの中で特別の関係に全体の半分近くの章が費やされ、
初っ端からセックスについて、長々と論じられるのには、大きな理由があったというわけです。



別に、性的なことに今、悩んではいないのだけど・・・という方も多いと思うので、
テキストの言葉に添いながらも、「特別の関係」全体の癒しを射程におきながら、お話ししたり、ワークできたらって思ってます。

レベルの混同のない、「奇跡」「コミュニケーション」で人と直につながるってこと、たっぷりやりたいと思ってますが、
それは、おそろしく気持ちのよい、癒しの体験になります! 
自分もその人も、さらには、その人以外のすべての人を、サンシップの全一性の中で見直すことにもつながります!

また、紫の本の奇跡の原理48の13段落目に出てくる、性的衝動を感じた時にどうしたらいいかについてのイエスのインストラクションは、人間関係の悩み全般において、万能な気がしてます。

一言で言えば、イエス、聖霊に、その人との間に入ってもらって、関係をあけわたし、ゆだねることです! そうすることで、その人との関係で浮上した分離感を、その都度、癒してもらえます。

その人について、自分について、二人の関係について、知ってることすべて、見当違いだった。
「私は、実のところ、何も知らない」ことを認めて、
どこまでも空っぽになりながら、「私の代わりに、見てください、判断してください」と、ゆだねるのがコツですね。

*おすすめワーク****

前回に引き続き、「私」が、身体単位の私の方にないかな? ってことを、ビデオでお話ししたように、

1、人との違いを見て、違和感を感じたり、比較して、劣等感、優越感、ジャッジなどしていないか、

2、「私」を何らかの形で守ろうとしていないか

などを基準にチェックするというのを、続けてみてください。

ただ、身体単位の私でいることに気づいても、自分を責めたり、罪悪感を持つ必要は全然ないです。

何も知らない空っぽさに心をリセットして、内側から安らかさが湧いてくるまで待つだけ。

レベルの混同をしていないかな? と気づくたびに、チェックすることも、始められるといいかもしれません。

分離感からくる苦しみを、外側に見えるものをコントロールすることで紛らわそうとしていないかな? 

ランプシェードにまた一つ描きこむことで、いつかそこに灯りが灯るって期待をかけていないかな?

といっても、無理をしない自分のペース、ゲーム感覚ではじめられるといいかもしれません。

レベルの混同しか見えないかもしれませんが、どうぞ気にしないで。

また、気づくたびにやることは、簡単。自分でやることなどほとんどありません。

ただ、またやってたなって、笑って認めて、

分離の苦しみをありのままに感じてあげてから、

空っぽになって、そこに湧いてくる安らかさ、聖霊、イエスにあけわたしていくだけです。

人間関係がややこしくなってきたぞ、問題が見えたぞ・・・って思うたびに、

ビデオの最後のところでご紹介していた、関係の中に、聖霊、イエスに入ってもらうワークもおすすめです。

人間関係は、特に分離の苦しみからくる投影やそれに対する防衛が集中するところですよね。

この機に、全ての人間関係を、聖霊に明け渡す習慣をつけられると、楽です。

とはいえ、どうすればあなたの癒しが進むかは、あなたについている聖霊が一番知ってます。

まずはそこからくる心の声に、忠実になりながら、

ピンときたものを、自由にアレンジしながら、気楽にとりくんでいただければ、幸いです。

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