奇跡のコース

「こうなりますように」「お願いします」と祈ってるだけだと、うまくいかない

  • LINEで送る

コース学習には、そこに100%フォーカスして、そこに全力を注ぐと、
あとは流れるように進む
そんな要になるポイントがあるのですよ。

そのポイントから努力の焦点がずれている人が目につきます。

たとえば祈りについて。

「聖霊」、「イエス」あるいは他の存在に対してもいいのですが、
「こうなりますように」お願いします。というパターンで祈っっていることが多いかと思うのですが、

そう祈るたびに、「ありのままの私では不十分」「私にはその力がない」「欠けてる」ことが前提になってしまいますよね。

すると、そちらの方の信念も、一緒にアフォーメーションして、強化していることになってしまいます。

何でであれ、私にはそれが「ない」って認めて、その上で「下さい」と乞食のように乞うたびに、ありのままの私に欠けているものを補う、エゴの力動に呑まれているってことにもなります。

ではどうすればいいのでしょう? 

祈りにおいて、全力を傾けるべきなのは、祈りの歌でも出てくる、全一の祈りです。

私は神の子で、神の愛し子。だから、「すでに」全てを持ってる。欠けたところは何もないというのを、腑に落とすことです。この「すでに」というのがポイントです。あるのに忘れてしまってるのを思い出すだけ。「ない」ものを「もらう」わけではない。微妙に見えますが、決定的に違います。実践したらきっとわかると思います。

これが全ての祈りの基礎になるって思ってます。

例えば私はもう長いこと、潜在意識の情報を書き換えるのに一番適している
寝覚めの時の一番初めの思考と、寝る前の最後の思考を、この思いとそこからくる感謝と安堵の念で満たすってことやってます。

具体的には、たとえば、

私はあなたの子。だからあなたの特性の全てを「すでに」持ってます。欠けたところはどこにもありません。そのことをあらためて確認させてください。感じさせてください。

と祈るんですね。

ただ、同じ文句を毎日言っても、心のこもらない機械的な反復になりがちですよね。たとえば食前の祈りみたいに。

そうならないように、その時々に体験していること、直面している問題にからめて、「すべてを持ってる」ことを確認できるように、祈りの言葉、臨機応変に変えるといいみたいです。

たとえば人間関係がちょっとでもギクシャクしているような気がしてきたら、

「私はあなたの100%の愛が、すでに溢れるように流れる管であることを、思い出させてください、感じさせてください」

と祈ったり、あるいは、経済的な不安みたいなものが少しでも脳裏をかすめたら、

あなたのゆたかさが、すでに溢れるように流れる管であること、思い出させてください。感じさせてください」と祈ったりします。

そんなふうに、神の特性の一部にフォーカスして、それがとっくの昔から自分の中にあることを確認するわけですよね。そうすると、見る現実に思いが反映するのも、はっきり感じられて、「信」が強まるという相乗効果もついてきます。

一朝一夕ででいることではないですが、それが長らく続く習慣になり、この感じがないと、何となく、自分の軸がずれたようで気持ち悪いところまでいくと、大きな変化が起きます。

それは何かというと、

「当然」、私には、本当に必要なものは何でも与えられる、それは神の子としての私の生得権利なのだから! 

チャレンジに直面しても、出来て当たり前でししょ! だって、私は全てを持ってるんだから!

という感覚が育っていきます。言葉にすると、信じられない気がしたり、傲慢に聞こえるかもしれませんが、

全一の祈りの感覚の中で始終生きるというのをやってると、

たとえば、1➕1=2になるように、何か自明のこと、当たり前のことって思えるようになるのですよ。

奇跡の原理14で言われる「奇跡は確信convictionから生ずるので、確信的convincingである」

と言われる時の確信、完全に説得させられてる感覚を、育てていくわけです。

そうしてはじめて、すべての祈りの土台がしっかりできるんですね。
ここに、99%の努力を傾けること、お勧めします。

その上で、どうしても、「これはどうしても必要」と言わずにはいられない事態に直面するとどうなるかというと、

当然の権利を要求するような、強気の姿勢になることができます。

私は神の子。日々あなたが望むことをすること、それだけ心がけてる。
だから、あなた、私の世話をして「当然でしょう」!って食いよるような感じといっていいかも。

とんでもない! って思われるかも知れませんが、この姿勢でいると、何でもバンバン実現する感じがしてます。

イエスや他の聖者が死者を蘇らせたりと、信じられないような奇跡を起こした話を聞くたびに思うのは、
彼らがどれほどこの種の「神の子としての自信」にみなぎっていたかということ。

欠如感や愛されない感じといった、分離の信念をつきとめ、暴いて、癒す作業もとても必要なことですが、
ある程度、それも積み重ねたら、

今度は、そこに、どんな分離の信念も、木っ端微塵にしてしまうような、
本当の自分、神の子の特性を、両手いっぱい迎え入れるって作業に取り掛かられるのもいいと思います。

そのためには、まず、全一の祈りですね。それを、特に自分がその時点で受け取り損ねている神の子の特性(愛、平安、力、真理・・・)にフォーカスして、カスタマイズした形で、続けるのおすすめします!

努力を傾けるポイントがズレてるな・・・・と思うもう一つの領域は、
病気や身体症状があるときの対処法ですね。

身体との同一化をはずす。「私は身体に過ぎない」という思いを手放して、
不死不死身の大きな私の感覚を取り戻すのに99%の努力を傾けるべきです。
これも一朝一夕では済ませられないかも知れませんが、その感覚が確信に変わった時、
あらゆる癒しがそこから生じる強力な土台ができます。

でもこれについてはまた機をあらためて。

ところで、8/3, 8/4 東京でリアルの会をします(詳細はこちら)。ブログ読者で、コース、非二元のバックグラウンドがある方は、誰でも。

ご興味のある方、ぜひ!

  • LINEで送る