奇跡のコース

心をクリアにする奥の手〜自分が消しゴムになる!

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悩みをクリアにする消しゴムの性能を上げる一番のポイントは、
自分自身が消しゴムになることです!

悩みがつきない人はたいてい、肥大したセルフイメージを抱いています。

たとえば、傷つきやすい時期って、ありますよね。

周りの人のなんということのない振る舞いに、いちいち、傷つけられたって感じたり、カチンときたり、無視されたとか、侮辱されたと感じる時。

そんな時をとらえて、「私は自分を何様だと思ってるんだろう?」と自問自答すると、面白いです。

たとえば、「このことに関しては、私が一番」という前提などがあって、自分の地位を脅かす人に対して、ライバル意識を抱いているのかもしれません。

私自身、そんな時期、たっぷりあったので、これまた自信持って言えるのですが、
そんな「私」のままで、いくら自分を癒やそうと思っても、うまくいきません。消しゴムの方が汚れているので、消そうとすればするほど、汚れるのに似てるかな?

自分はこのケースかもしれないと思った方は、

こんなにも肩肘はって、力んで、自分は何を守ろうとしてるんだろう? と自問自答してみるといいです。

傲慢なセルフイメージは、一皮剥けば、自信のなさや無力感、無能感・・・一言で言えば、欠如感が出てきます。それを隠すために、力を誇示する必要があったのですね。

それに気づいて、奥にある欠如感を直視するのが、これまで、強面のポーズの背後に、ずっと隠し続けてきたものが、どっと、一挙に出てくるので、結構きついですが、唯一の出口です!

それこそ、消しゴムの必要、痛切に感じることになるかもしれません。
大丈夫です。すでに消しゴムになる準備、できているからです(詳しくはこのもうちょっと先、読んでください)

傲慢なセルフイメージ、私にはないけれど、「私はダメ」「自信がない」といった無力なセルフイメージは、見つかるという人もいるかもしれません。

そういう人は、先ほどお話しした、傲慢なセルフイメージを、「一皮剥いた」ところから、出発すればいいだけ。なので、癒しのプロセスにかけては、傲慢な人たちより進んでると言えるかもしれません(笑)。

実際、
あれも心配、これも心配だ・・・
と、心配が絶えない時、その前提になるセルフイメージを見ると、「それによって傷つく自分」が見つかります!

どうして傷つくのでしょう?
物質としての身体=自分だと思ってるからです。

身体は、何かあると怪我をするし、病気になったりと、放っておいても、どんどん老いていくし、実際、脆弱な存在だからです。
あるいは他の人やものとくっついていない。分離してます。そこからくる孤立感もあります。ひとりぽっちで朽ちていく。

やり方は簡単です。

まずは基本のやり方から

お馴染みかもしれませんが、不快感をそのまま包み込む実験

今、気がかりなこと、気になること。最高の幸せから、少しでも自分を引き離す、心を覆う雲のようなものがあったら、まずは、それを感じてください。
鬱蒼とした雲のように立ち込める感じを、

ああ、こんなものがあるなと、その良し悪しをジャッジせずに、何のせいだとか、何だとかいったラベルも貼らずに、ありのままにただ気づいていてください。

すると、ありのままにただ気づいている働きが、だんだんその不快感をすっぽり包み込み、浸す空間として感じられてきます。

そしたら、そのまま、やさしく、浸し、包み込んでいてください。そしてあなた自身を、この空間として感じてください。それだけ。

不快感をありのままに、優しく包み込み、浸す空間として、いることを、コースでは聖霊、スピリットを選ぶとだけいいますよね。それだけでいいんですね。
本当にスピリットを選べたら、自動的に、あなたはスピリットだし、スピリットは包み込むものなので、自動的に包み込むことになります。

私は包み込むという言葉を使うのが好きなのですが、なぜかというと、
これはいかにも、エゴだ!罪悪感の投影だ!って心の動きがあるのに気づくと、
普通、除去しなきゃ、癒さなきゃ・・・・とそれを叩こうとする心の働き出てきますよね。
あるいは同時に、私はだめ、まだまだだ、といった自分を責める心の働き、出てきますよね。
それ自体がエゴなわけですが(笑)

私自身、この責め癖が、物凄く強かった。それを取り消していくのに、「包む」というのが、とても役立ったからです。具体的にどうしたかというと、あ、責めてると思った瞬間、とにかく全てを包む。責めてる、包む・・・その繰り返し。何百回もそれを繰り返すうちに、だんだん責めるのは一瞬になり、気づいたら包んでる。ただ包んでる。

本当に包めたら、
それはどういうことかというと、ジャッジメント抜きに、無条件に、ただただ、その時々のありのままを抱きしめることができるってことです。どんなにひどい状態でも、そのありのままを愛そのもので抱きしめる、それができたら、もう、自動的にスピリットの視点になっています。

ただし、「もう、自分を責める癖はなくなった。ただただ、スピリットとしての、純粋な気づきの空間として自分が感じられるだけ」という人は、特に「抱きしめる」必要はないと思います! すでにあなたは、愛そのもの、無条件の受容そのものなのですから。何であれ、そこで感じられるものが、ただ、そこを流れ、過ぎ去っていくままにまかせてください。この時に「抱きしめ」ようとすると、逆にそれを引き止めてしまう可能性があります。

「抱きしめ」、包み込むイメージは、ジャッジメント、責め癖が激しい人に役立つかもしれない、過渡的なイメージにすぎません。

もう一つ、同じような線で、私には役に立ったイメージとして、エゴを「壊れたテープレコーダー」とみなすというのもあります。要するに、同じことを言うのを繰り返すのをやめない。といってもそれは、機械的にやってるだけ。その背後には、独立した意志を持った人格はない・・・そんなニュアンスです。

不快感や悪感情が出てくるたびに、自分をジャッジしたり、責めたりと、戦いモードに陥りがちな人の共通点は、エゴを独立した意思を持った人格とみなしていることです。この過大評価を取り消すのに、壊れた機械のイメージ、役に立つかもしれません。

あなたがそれを信じて、そこに信念を向けない限り、実際、そこに独立した人格など、ないからです。 誤ったプログラミングをオウムのように繰り返しながら、暴走するる機械があるだけです。

赤ちゃんになるという奥の手

ただ、もっと、根本的に、消しゴムの性能を研ぎ澄ます方法として、赤ちゃん視点になる方法も、あります。ルパートさんから学んだものですが、これも協力です。生まれたばかりの赤ちゃん。記憶は、一切、ありません。自分が誰なのかももちろん知らない。ちょっとした身体感覚は感じるかもしれません。胸がウズウズするとか。でも、胸の痛み、悲しみは知りません。それは解釈なので、人生経験つまないとできない。

このウズウズ、なんだろ、面白い・・・って好奇心かきたてられるかもしれません。

赤ちゃんになりきって、赤ちゃんの真新しさから、今、ここで、現に感じられるものだけを観察する。

その方法が一つ。

奇跡のコースの中にある祈り

私は私であるものを知らない
だから、私が何をしているのか、どこにいるのか、あるいは、この世界や自分自身をどのようにみたら良いのかも、わからない。(テキスト31章5節17)

これも、とても効き目を発します。要するに、

私は赤ちゃんです!何にも知りません! 自分が誰かも全くわかりません!ってとにかく空っぽになるんです。

うまくいっている兆し

うまくいけば、何も知らないと、思えば思うほど、
心の奥から、やすらぎや、安堵感、よろこびが湧いてくるようになります。

言葉にしにくいのですが、あえてすれば、
私は全く知らない、でも、あなたは知っている、だから、まかせておけば、大丈夫・・・
というわけで、お願いね。愛してます・・・・そんな感情です。

どんなものであれ、「私には何にもわかりません」という空っぽの状態の底から、かすかにでも、じわっと感じられてくる安堵の喜びが感じられたら、軌道に乗った証拠です。あとは、この感じが強まるように、あなたが知ってることは「これだけは明白」「これは当然」と思えるものも、全て、全て、「わかりません」と手放していけばいいだけです。

赤ちゃんになる実験

なんとなく気分がすぐれない時をとらえてください。
今日はなんとなく、さえない。なんとなく落ち込んでる。なぜだろう?などなど、いろいろ思う時、
いくらでも理由考えられますよね。それを全てストップして、これについて私は何も知らない」って思えますか? 赤ちゃんになったと思ってください。あなたがもし赤ちゃんだったら、そこにあるものはなんでしょう? ちょっと胸が疼く。身体がだるい。そんな身体感覚だけが感じられるかもしれません。

この身体感覚に対して、それがいいことだとか悪ういことだとか、そもそも「悲しい」とか「疲れてる」といったラベルもつけないで、いたらどうなるでしょう? そもそも赤ちゃんはそんなこと、知りませんよね。

「ここに何かおもしろいものがあるぞ?」 と好奇心すら抱くかもしれません。

気持ちに何か、変化感じられますか?

自分自身が、消しゴムになれると、いい! その理由


馬鹿になる練習ですか? と聞かれそうですね。

赤ちゃんに戻れとか、全てを忘れてしまえと言っているのではありません。いつでもそんな状態に戻れるようにして生きていきましょうというお誘いです。というのも、そうすると、どんなときにも、心をクリアにする消しゴムそのものに、あなた自身、なれるからです。

この辺のところをはっきりさせるには、やっぱり、リア王とジョン・スミスのたとえ話が便利です。
またか!って思う人もいるかもしれませんが、初めての方のために、ざっと説明させてください。

名優ジョン・スミスは、とても幸せな日々を送っていましたが、ある日、悲劇の主人公のリア王を演じていたところ、役にのめりこみすぎて、リア王役から出られなくなってしまいます。普段の生活に戻っても、自分はリア王だと思い込んで、苦しむ癖から抜けられません。

苦しむジョン・スミスの姿は、スピリットとしての本当の姿を忘れて、エゴに囚われている私たちの比喩です。

私たちの救済、つまりスピリットとしての本当の姿を思い出すとは、
ジョン・スミスが、自分はリア王ではなかった、ジョンスミスだったと思い出すプロセスそっくりなのですね。

ジョン・スミスは、自分がジョンスミスだということを忘れて、
自分はリア王だと妄想してるわけですが、ずっとジョンスミスのままであることには変わりありません。

ただ本当に、この妄想から解放されて、本当の自分を思い出すには、リア王の世界の中にあるものを、ぜ〜んぶを手放さなければいけません。リア王のお芝居の中でジョン・スミスをやろうとしてもうまくいきません!

自分はリア王だと思い込んでいる視点からすると、ジョン・スミスの人生は想像できないし、自分の知ってるどんなこととも違いますよね。

夢にどんなにのめりこんでも、夢から目覚めると、夢の世界は全て消えるように、その全て置いていかなければいけない。ここで中途半端なことはできません。

そこで必要なのがサレンダー、降参して、自分の全てを投げ出し、明け渡すことです!

つまり、リア王は、「私は私がなんなのか、何をしているのかどこにいるのか、この世界や自分自身をどのように見たら良いのかも、まったくわかりません」と降参するしかないですよね。

サレンダーというと、心がざわざわするの、感じる人、いるかもしれません。これほど、エゴが怖がること、実はないんですよね。「それって宗教じゃない?」という言葉が喉まで出かかってる人も多いかも?

そんな人に私が言いたいのは、「明け渡し、降参する相手は、あくまで、あなた自身ですよ!」ってこと。本当の「あなた」に、ノイローゼ的な偽のあなたと、その産物である思考や感情、感覚のすべてを捧げるんです。

そして、ただ、本当のあなただけがいる。

それだけのことなのです。
消しゴムはどこ!と探して、消し始めたら、なんだ、私が消しゴムだったというわけです。

いざという時、消しゴムになるために、普段からできること

普段から、空っぽを心がけることですね。つまり、自己概念、セルフイメージを持たないようにすること。それはすごい楽な生き方です!

どれだけ多くのストレスが、セルフイメージを守ろうとすることから来てたかがわかって、びっくりすることになるかもしれません。

セルフイメージ限りなくゼロに近いこの楽な感じに慣れてくると、
世の中の人のほとんどが、あの手この手で自分を特別にしようと、頑張っているのが、気の毒になってきます。

中でも、スピリチュアルに特別になろうとしている人たち、いますよね。
もしかしたら、今、私の文章を読んでくださってる動機そのものがそうだっていう方もいらっしゃるかもしれません。

私自身、さんざんそれをやってきたから、これも自信持っていえますが、
それは、とても矛盾していることなので、長期的には、結構苦しいです。
というのも、「自分は特別だ」というのは、自分を、個として、他から分離させる方向の力ですよね。
でも、スピリチュアルな達成は、その逆で、自分がみんなと全く一つの、同じ存在であること、
これまでお話ししてきた「空っぽの状態」であることをますます深く、確認すること、そして、それを生きることからくるものだからです。

何より、「自分は特別だ」という気持ちが、どこかに残っている限り、
消しゴムになることもできません。

よく、自分は、あるいは、この人は「〜の星から来ている」とか、クリスタルチルドレンとか、インディゴチルドレンとか・・・だから、何か特別の力や体質を持っていたり、何か特別の使命を持ってる・・・みたいなこと、いう人いますよね。
それが正しいとか、間違っていると言いたいのでは全然ないのですが、スピリチュアルな道をいく上で、強力な道具になることはあっても、そのゴールには触れない、ということは言えると思います。

だって、スピリチュアルな救いや達成は、「本当の自分は誰でもないこと」「空っぽなこと」をますます深く自覚することからしか来ないからです。

というのも、どんなに内面的なもので、「魂」に属すると言われるものも、
あなたという、「個」に関わる特性、
つまりあなたにあてはまり、他の人には当てはまらないこと、
分離を前提としていることは全て、
ボディマインド、心身に属しているからです。

「〜星から来た」ことも、クリスタルチルドレンやインディゴチルドレンであることも、HSPやエンパス体質であることも、全て、心身の特性に過ぎません。

真のスピリチュアリティは、こうした心身の違いを全て超えたところ、他の人やすべてのものと、全く同じで一つだと感じるところにあります。

そこに、スピリットがあり、純粋な気づきがあり、救済があります。

そこへとジャンプするためのハシゴとか、道具として、
使える特性は、どんどん利用していただければ、すばらしいです。
でもそれは本当のあなたとはなんの関係もない。逆に、そこに至るためには捨てて、手放さなければならないものだって思ってます。高いところに登った瞬間、ハシゴは無用になるように!

この無の状態、誰でもない、空っぽな状態に飛び込む覚悟ができない限り、
今お話ししている「消しゴム」になることは、できません。

心身は本当の私ではない
私は、全ての人と分かち合う、たった一つのスピリットだと自覚することで、
初めて消しゴムも、セットアップされて、機能できるようになります。

スターウォーズではないけれど、自分は特別な力や使命を帯びていると思うと、一種高揚感がありますが、実のところはエゴが肥大しているだけ。スピリチュアリティとは、何の関係もないと思ってます。

特質、才能、能力を否定する必要はない。

スピリチュアルな目的はあくまで、他の人や全てのものと、全く同じで一つだと感じるところにあると言いました。
でも、だからといって、自分が持っている特別な才能や体質や特性を否定すべきだとか、無視すべきだと、言っているわけではありません。

というのも、心身の持つ特性は、ゆるしや癒しの機会をいっぱい与えてくれます。
とくにそこに他の人に感じられないものを感じたり、知ったりできるような、特殊な特質や能力が含まれる場合、
他の人を助けるための優秀な道具と役立ってくれるかもしれません。
道具として使いこなせれば、素晴らしいと思います!

要するに
この能力、この特質は、私ではない、
私の道具である
って思えばいいだけです。

「道具」というと、ちょっと冷たく感じるかもしれませんが、
「それが私だ」と思い込む同一化を外しながら、機能的な関係だけを大切にしようとする時に、
便利な呼び方ですよね。

例えば私、堀田真紀子という心身は、文章を書いたり、話をしたり、瞑想的な実験をつくったりするのが大好きだという、もしかしたら特殊なところもあるかもしれない特質、いくつか持ってるかもしれません。

それをみんなと一緒にスピリットに飛び込んで、みんなと全く同じで一つだと感じるための道具として使い尽くしたいと思ってます。

ただ、「それが自分だ」という意識は、ほとんどないです。今、この文章を書くパソコンと同じくらい、「道具に過ぎない」って思ってます。

そう思うことで、自分はどれだけすぐれているのだろうか? あるいは劣ってるんだろうか? といった思考の数々、劣等感や傲慢さや、失敗へのおそれや罪悪感など、エゴに由来する気持ちがそこに宿る隙間がなくなりますよね。それが、とても楽です!

そういう気持ちにひきずられながらやってた時と今を比べると、
エゴの思いに吸い取られなくなった分、余剰エネルギーがいっぱいたまって、ずいぶんエネルギッシュに、元気に、活動的になりました。

リア王の特性を、ジョンスミスにゆだねる

ただここでも、サレンダーが重要になってきます。

あなたの心身の特性や能力は、個としてのあなたの持ち物ですよね。これを使ってあなたはこれまで、エゴのドラマ、つまりリア王を演じてきました。

ということは、そのままにしておくと、リア王の管理下にある道具にされてしまう危険も高いってことです!

何をしているときも、自分が使っている力がリア王の管理下にわたった瞬間は、すぐにわかります。

作業に夢中になっている時の、我を忘れた感じや、よろこびが消えて、
自意識過剰になったり、急に自信がなくなったり、あがったり、人の思惑が気になり始めるからです。力を抜き、リラックスした感じが失われて、動作や態度がぎこちなく、硬くなります。

作業の足を引っ張って、失敗させる要素の全てですね!

これを避けるには、やっぱり、サレンダーだって思います。「リア王が牛耳り始めたぞ」と気づいた瞬間、「ジョンスミス、お願い! すべてをあなたにゆだねます。どうぞ私を使ってください」と、全身道具になるというか、マリオネットにでもなった感じで、本当のあなた、スピリット、純粋な気づき・・・に、あなたのすべてを明け渡すことです。

要は目標設定の問題ですよね。ワンネスに溶け込むことにあるのか、それとも、特別な個人としての私の自己実現にあるのか。

また、本当の私は、何なのかという、アイデンティティの問題でもあります。ワンネスの中にしか私をみないし、目標もみないのが、コースや非二元の道です。

自分の心身をもちろん、大切にするし、道具として有効活用するためにその特質も、理解したいし、バージョンアップにも心がけたい。でも、「それは、私自身ではない」ってことだけは、忘れないでいるということです。

あなたの能力・特質の管理を、スピリットにゆだねる実験

あなたの人と違うところ、長所、特技 なんでも思い浮かべてください
それについて、コンプレックスを持ったり、競争心を持ったりした記憶ありますか?
どう思われているか心配になったこと、ありますか?

それをまるごと、本当のあなた、スピリット、純粋な気づき・・・に渡してください。私がこれを管理してると、あれこれ悩みが出てきそうなので。代わりに使ってくださいと、委託するわけです。

どんな気持ちがしますか?

ここぞ本番という時、あがりそうになった時、この実験をやるといいかもしれません。

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