最近、とあるお友達から、コロナのワクチンを打つべきかどうかに関して迷っているというお便りをいただきました。それについて、返事をしているうちに、ブログでもそれをシェアしたいなってインスピレーションが湧いてきました。以下はそのお手紙です。
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私はコース学習者の立場から、コロナもみているので、コロナは集合的な恐れを投影したものにしか見えません。
というわけで、コロナに関して、私がやっているのはたった一つのことで、自分の中にあらゆる形で湧き上がる恐れを、どんなに微細なものも含めて、一つ一つ丁寧に見つめ、ゆるすことです。
というのも、恐れが湧くってことは、その大前提として、自分が身体だって、思ってるからなんですよね。身体にぎゅっと入り込んで、その脆弱さに怯えている私だからんですよね。
身体を包み込む、スピリットの大きな広がりの側に意識があると、こうしたことに対して、おそれが湧くって、ありえないことですから。
スピリットの側に意識があると、自然に、自分もふくめ、周りの人も身体としてみなくなるので、この手の恐れが湧く、余地がありません。
だから、コロナのことで何か、恐れが沸いたら、あら、まだ自分の中に、自分を身体としてみてるところが残ってたんだなって、わかる。そういう意味で、コロナって、とてもありがたいセンサー、教材ですね。
だから、ありがたく、ゆるしてます(笑)
恐れと言っても複雑で、
コロナに対する恐れだけではなくて、その影響で生活、特に経済状態が変わっていくことに対する恐れとか、私の場合はどちらかというと、コロナをちっとも恐れてはいないことに対する恐れ(周りの人と恐れを共有できないことに対する恐れ?)とか、
コロナについて全然違う意見を抱く人たちの間で板挟みになってることに対する恐れとか、
私は正しい、この人たちは間違っているという「私は知っている」形で現れるおそれとか、
今また、ワクチンという形で現れてくる、死に対する恐れ、喪失のおそれとか・・・
とにかくいろんな形で、出ますよね。
どんな形でも、とにかく少しでも心が動くのを感じたら、そのありのままをゆるしている広がり、スピリットに包んで、ゆるしてます。
そうやって、自分のところに来たおそれは、ひたすら、ゆるし、愛に戻していく。それを、とにかく根気強くやってます。
おそれと、その投影を、これ以上、広げないということです。とにかく自分のところで止める。
それが、コロナ解決の一番根本的な方法だって思ってます。
陰謀論は、恐れを温存したまま、投影先を変えただけのようにしか私には見えません。というわけで、それに出会って動く心もゆるしの対象です。
というわけで、ゆるすだけゆるしたら、あとは、インスピレーションに従います。
具体的には、私、ワクチンをしてもしなくてもどっちでもいい気持ちでいます。
むしろ、「どっちでもいいや~」みたいな視点でいるのが、一番重要なことなんでしょうね。形の世界で起こるほかのすべてのことと同じように、ワクチン打つか打たないかをリアルにしない視点でいるってことです。ゆるすと、自然にそうなります。
すると、その状況の最善が、インスピレーションや、奇跡のかたちで自ずと現れます。それに、従えばいいだけ、シンプルですね。
わたしにとってそれは、とりあえず「ワクチンを打つ」ことが、選択肢として良いように、現れてます。副作用が起こったり、苦しむことになっても、それはそれで、またいいゆるしの対象ができたくらいにしか、思えません。
ただそれも、状況次第、人にはとくにすすめたりしません。
アドヴァイスあるとすれば、とにかくゆるして、ゆるして、心の動揺が静まったところで、自然に湧き上がる思い、インスピレーションに添って行動してくださいってことです。
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あと、理解できないことを理解する必要がない、って視点でいることも重要な気がします。コロナも、エゴとしての私には、世界で起こってるあらゆることと同様、理解できるものではないって思ってます。
理解できたって思っても、いつも、もっともっと大きなプロセスが進行中で、それは本当に予測がつかない。それに向かって開かれているためにも、簡単にわかってしまっては、逆にまずい気がします。
そのもっと大きなものに開かれているために、ただ、ゆるしつづければいいだけです。このシンプルさが、ありがたいです。
この形の世界の中には、絶対的に正しいものなど、どこにもなくて、良く見えるものも、悪く見えることも、同じように、ゆるすしかない。
そうすることで、大きなプロセス、流れに入っていくことができます。
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インスピレーションの結果、とることになる行動は、予測がつかないし、さまざまです。どんな行動をとることになっても、確かなことは、安らぎが増すことです。
「どっちでもいいや〜」というと、なんだか投げやりに聞こえますが、実際には、愛と、ちょっとしたユーモアが混ざり合った感覚です。形を超えた世界から、形の世界を見透かしていくと、形の世界って、言葉で言うと、そんなふうに、見えるのです。そういう視点でいれることに、実は、一番の安らぎがあります。
ただ、いろんな理由で、そこにいれないときは、とりあえず、その場で、安らぎが増すことを、していただけたらとも、思ってます。
それがたとえば、ワクチンを打つ、打たないという特定の形をとった選択肢で現れるのなら、ぜひ、それに従って欲しいなとも思ってます。コースでも、おそれを軽減するために、「魔術」を使うこと、認めていますよね。
魔術は対処療法的な安らぎの増大にすぎませんが、恐れを増大させるよりは、ずっといい、次善の策だと思います。それと知りつつ使う分には問題ありません。私もゆるしのプロセスが長期戦になりそうなときは、使うこと、あります!
