なんとなく、憂鬱で、どうしても気分が晴れないとき、
苦しいとき、
覚えて欲しいことがあります
そんなとき私たちは普通、
気を紛らわすために、別のところに出かけたり
気晴らしになることを始めますよね。
でもそれはとてももったいないこと。
このいや〜な気持ちをとことん味わいつくしたその底に、
実は素晴らしい宝物が隠れているのだから。
だから、そんな気分の時は、かえってそれを、喜んでください。
そして、思い切って、暗く重苦しい気持ちをじっと見つめてみましょう。
心を静めながら、科学者の態度で、そこに現ににあるものだけを、探っていきます。
たとえば、この気分をめぐってあなたが考えたいろんな理由づけ、たとえば
「私が今、こんな気分なのは、あの人に冷たくされたせい」とか、
「天気が悪いから」とか、「疲れが出てる」とか、「体調不良だから」とか、
そんなの全部、この科学者にとっては、曖昧すぎて、非科学的。
またこの気分を晴らすためにあなたが考えた解決策も、曖昧そのもの。
そんな先入観はみんな捨てて、
今、現に、ここにある、体験だけを厳密に観察することから始めたいと思ってる。
かといって、冷たい態度かというと、とんでもない!
珍しい蝶に魅せられた昆虫学者のように、
ひらひら舞うこの感情に対して、好奇心満々。
でも、この昆虫学者は、標本作りには興味がなく、
生きたままの蝶を、ありのままに観察したいって思ってる。
そんな態度になれたら、宝探しに成功する可能性、大です!
ルーペをあてて、拡大して、具にみてみます。
ベルベッドのようなその質感に触ってみます。
やさしく、やさしく、でも、深く、深く、奥へ、奥へと探りながら。
どんな素材で、できてるでしょう?
この感じに覚えはないですか?
なんだか、懐かしい気持ちが湧いてきませんか?
どんな悪感情も、思い気分も、そこに私たちが押しつけた
レッテル貼り、ストーリーを外しながら、
本当にそこで、現に感じられることだけを探っていくと、
それが気づきや愛、生命感からできていることが、わかります。
そして、心が静かになっていきます。
信じられないかもしれません。
楽観的すぎて、馬鹿馬鹿しく聞こえるかもしれません。
これはもう、実際、どんどん試してみて、体験で味をしめてもらうしかありません。
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とはいえ、宝探しの「ために」
あるいは、苦しみを癒す「ために」探索するのはよしてください。
苦しみを否定・克服すべきものとして扱ったりしないで。
蝶が見たいからといって、蛹を切り刻んでしまっては、蝶も死んでしまいます。
蝶は蛹そのものの中にある。
それとちょうど同じように、宝は苦しみそのものの中から、現れるのですから!
苦しみを克服対象にせず、否定せず、道具扱いすることもなく、
好奇心を抱き、魅惑され、畏敬の念さえ抱きながら、迫っていくと、
この変容の驚異に立ち会うことができます。
